大久保忠寄とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 大久保忠寄の意味・解説 

大久保忠寄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/20 09:32 UTC 版)

大久保 忠寄(おおくぼ ただより、天文16年(1547年) - 元亀3年12月22日1573年1月25日))は、戦国時代武将。通称 新蔵大久保忠世の弟[1]

略歴

大久保忠員の四男として三河国に生まれる。母は某氏。

徳川家康に仕え、三方ヶ原の戦いに従軍するも、元亀3年12月22日(1573年1月25日)討ち死した[1] [2]。享年26。法名善意 [1]

参考文献

  • 『寛政重修諸家譜第4輯』(榮進舍出版部 、1917年、794p)
  • 『地図で読み解く戦国合戦の真実』(小学館、2009年)

脚注




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  大久保忠寄のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「大久保忠寄」の関連用語

大久保忠寄のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



大久保忠寄のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの大久保忠寄 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS