原発性進行性失語症とは? わかりやすく解説

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原発性進行性失語

(原発性進行性失語症 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/26 13:41 UTC 版)

原発性進行性失語
概要
診療科 神経学
分類および外部参照情報
OMIM 607485
MeSH D018888

原発性進行性失語(primary progressive aphasia、PPA)は失語症が他の認知症症状よりも先行して出現し、緩徐に進行する臨床症候群である。背景病理としては神経変性疾患が想定されている。

現在、原発性進行性失語は3つのサブタイプに分類される。非流暢失語様の病態(進行性非流暢性失語)、語義失語様の病態(意味性認知症)、伝導失語に似たロゴペニックタイプ(logopenic型原発性進行性失語)である。原発性進行性失語の各タイプは病理学的疾患概念と1対1の対応が明確ではない。しかし進行性非流暢性失語では病理診断では大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺などのタウオパチーが多く、意味性認知症ではFTLD-TDPが多い。logopenic型原発性進行性失語ではアルツハイマー病が多い[1]

歴史

神経変性疾患における失語症の最初の記載は、1892年にアーノルド・ピックが重度の失語症を呈した71歳の男性を症例報告したことにはじまる[2]。剖検所見では左側頭葉の著明な萎縮を認めており、ピックは脳の局所的な萎縮が失語症という特定の症状と関連するという、神経学的局在論の重要な証拠を提示した。ピックはその後も同様の症例報告を続けたが、彼自身の研究関心は次第に前頭葉病変に関連した行動障害へと移行していく。

ピックによる報告の後も神経変性疾患における失語症は断続的に報告されていたが、これが一つの独立した臨床単位として初めて体系化されたのは、1982年にマーセル・メスラムが6例の失語症患者を報告し、全般性認知症を伴わない緩徐進行性失語(slowly progressive aphasia without generalized dementia)と名付けたときである[3]。これらの症例は、5例が異名性失語(anomic aphasia)、1例が純粋語聾(pure word deafness)を呈し、言語障害が緩徐に進行する一方で、長期間にわたって記憶、視空間能力、判断力などの認知機能が保たれていた。社会的機能も維持され、複数の患者は重度の失語にもかかわらず職業生活を継続することができていた。メスラムは、これらの症例がアルツハイマー病やピック病の典型的経過とは大きく異なること、また左上側頭回の生検を行った1例ではアルツハイマー病やピック病の神経病理所見が認められなかったことから、新たな臨床単位として提唱した。脳画像検査では全例で左シルビウス裂周囲領域の選択的萎縮を認めており、特定の脳領域の局所的変性が失語という特徴的な臨床症状を引き起こすという、神経変性疾患における選択性の原則を示唆した。

1987年にはメスラム自身により現在の原発性進行性失語(primary progressive aphasia, PPA)という名称に変更された[4]。PPAの特徴は次のように述べられる。まず言葉の想起、物品呼称、言語の理解の障害がゆっくりと始まり進行する。言語以外の日常生活は、発症後少なくとも2年間は保たれ、無為、抑制欠如、近時記憶障害、視空間認知機能障害、感覚障害、運動障害などは少なくとも2年間は認められない。しかしこの2年間でも失計算、観念運動失行、軽度の構成失行や保続を伴うことはある。以上のように、メスラムは少なくとも最初の2年間は言語障害のみを示す進行性認知症としてPPAを定義した。2001年にはメスラムによってPPAの臨床診断基準が発表された[5]。1982年に最初に概念を発表したときから比べ、いくつかの変更がなされている。1つ目はPPAの患者の長期経過が明らかとなり、健忘段階を経てから失文法を伴う失語タイプと、理解障害を伴う失語タイプに移行するケースがあると明記されたこと。もう一つは同時期に研究が進んだ意味性認知症との関連と違いが強調されたことである。

2011年にGorno-TempiniによってPPAの診断基準が提唱された[1]。これは2001年にメスラムが発表した診断基準をより精緻化し、サブタイプを修正したものである。オリジナルのPPAは既知の認知症とは異なる経過であることに重点をおいていたが、研究が進み長期経過や死後の剖検所見が蓄積されるに従い、PPAを前頭側頭葉変性症やアルツハイマー病などの神経変性疾患の臨床表現型として位置づけるようになった。そして現在まで続く3つのサブタイプが記載された。サブタイプの中核症状と補助的特徴、そして画像検査による典型的所見を明記することで、臨床や研究での診断の一致を図った。またGRN遺伝子、FTLD-17などの遺伝的要因についても詳細に記載された。現在でもこのGorno-Tempiniによる診断基準が用いられている。

分類

進行性非流暢性失語(progressive non-fluent aphasia、PNFA)

進行性非流暢性失語は非流暢性失語を特徴とし、発語量の減少、失文法、復唱の障害、努力性発語、流涎、語想起に時間がかかるなど運動性失語の要素が目立つ。認知障害や行動異常は認められず、言葉がでにくくつかえる、名詞が言えなくなる、錯語、助詞を間違えるなどの症状が認められる。非流暢性な自発語で失文法、音韻性錯語、失名辞の少なくとも一つを伴う進行性の疾患である。病識は保たれており「うまく話せない」を主訴に受診することも多い。

意味性認知症(semantic dementia、SD)

意味性認知症の臨床像は特異的な言語症状をはじめとする意味記憶障害によって特徴付けられ、前頭側頭葉変性症に共通な精神症状を伴う。意味性認知症にみられる言語障害は日本では語義失語として知られていた。語句の理解と漢字の読み書きが障害されるが、復唱が保たれる特異な失語症である。語義の障害に加えて相貌、景観、物品の対象物の知識ないし、意味記憶が選択的かつ進行性に障害され次第に社会生活や日常生活に支障をきたす。

基本概念

意味記憶

意味記憶(semantic memory)とはTulvingがエピソード記憶と対比するかたちで取り上げた長期記憶の下位分類である。意味記憶とは「イス」、「平方根」といった普遍的で体系化された概念的知識に属する情報であり時間的空間的文脈を伴わずに想起される点に特徴がある。対するエピソード記憶とは、個人の生活のある特定の時間にある場所で生起した事象に関する知識であり、しかも体験したときの感覚や情動までも再現される。すなわちエピソード記憶は文脈構造を伴って想起される。Tulvingは当初は意味記憶は言語の使用に必要な記憶と位置づけ、「こころの辞典」と表現した。2014年現在では言語に限らず相貌や物品など様々な知覚対象物の同定にかかわる知識を運用するシステムとしてとらえられている。

語義失語

語義失語とは1943年に井村が名づけた臨床症候群である。復唱は良好であるが語の意味理解が障害され、古典論では超皮質性感覚失語に分類される失語型のひとつとされた。また書字では表音文字である仮名は保たれ、意味と関連性の高い漢字の読み書きに障害が現れる日本語特有の失語と考えられた。その後、語義失後は言語の音韻的側面や統語面が保たれる一方、語の意味的側面が重篤に障害される臨床像と理解されるようになった。語義失語の原因疾患はヘルペス脳炎や頭部外傷、低酸素脳症など様々であるが全例で左側頭葉優位に葉性萎縮をしている。1992年田邊らが19世紀末に記載した症例が語義失語に該当すると指摘した。

logopenic型原発性進行性失語

logopenic型原発性進行性失語はGorno-Tempiniらが2004年に原発性進行性失語の第3の亜型として提唱した臨床症候群である。中核症状は自発語および呼称における換語障害と文の復唱障害である。自発語は速度が遅く、喚語困難のためしばしばポーズがあるが明らかな失文法はない。単語理解も保たれている。以上から進行性非流暢性失語や意味性認知症とは区別される。左側頭頭頂接合領域、すなわち後部側頭葉、縁上回、角回における萎縮が認められる。

脚注

  1. ^ a b Gorno-Tempini, M.L.; Hillis, A.E.; Weintraub, S.; Kertesz, A.; Mendez, M.; Cappa, S.F.; Ogar, J.M.; Rohrer, J.D. et al. (2011-03-15). “Classification of primary progressive aphasia and its variants” (英語). Neurology 76 (11): 1006–1014. doi:10.1212/WNL.0b013e31821103e6. ISSN 0028-3878. PMC 3059138. PMID 21325651. https://www.neurology.org/doi/10.1212/WNL.0b013e31821103e6. 
  2. ^ Arnold Pick (1892). “Uber die Beziehungen der senilen Hirnatrophie zur Aphasie”. Prager Medizinische Wochenschrift 17: 165-167. 
  3. ^ Mesulam, M.‐Marsel (1982-06). “Slowly progressive aphasia without generalized dementia” (英語). Annals of Neurology 11 (6): 592–598. doi:10.1002/ana.410110607. ISSN 0364-5134. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ana.410110607. 
  4. ^ Mesulam, M‐Marchsel (1987-10). “Primary progressive aphasia—differentiation from Alzheimer's disease” (英語). Annals of Neurology 22 (4): 533–534. doi:10.1002/ana.410220414. ISSN 0364-5134. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ana.410220414. 
  5. ^ Mesulam M. M. (2001). “Primary progressive aphasia”. Annals of neurology 49 (4): 425-432. 

関連項目

参考文献




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