円通寺 (鴻巣市)
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円通寺 | |
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所在地 | 埼玉県鴻巣市屈巣2147 |
位置 | 北緯36度05分05.6秒 東経139度30分39.7秒 / 北緯36.084889度 東経139.511028度座標: 北緯36度05分05.6秒 東経139度30分39.7秒 / 北緯36.084889度 東経139.511028度 |
山号 | 瑞王山 |
宗派 | 臨済宗円覚寺派 |
創建年 | 弘安10年(1287年) |
開基 | 大友光吉 |
中興年 | 宝永6年(1709年)以前 |
中興 | 礼山碩知 |
円通寺(えんつうじ)は、埼玉県鴻巣市にある臨済宗円覚寺派の寺院。
歴史
1287年(弘安10年)、大友光吉の開基である。その後、1709年(宝永6年)寂の礼山碩知によって中興された[1]。
観音堂と加藤清正の愛馬伝説
少し離れたところに「観音堂」がある。1646年(正保3年)寂の心清宗伝によって創建され、馬頭観音が安置されている[1]。
この観音堂には、加藤清正の愛馬に関する伝説が残されている。内容は下記の通りである[1]。
慶長年間(1596年 - 1615年)、加藤清正は上野国館林藩の藩主榊原康政の嫡男康勝に嫁いだ娘(本浄院)に会いに行ったところ、当地において愛馬が病に倒れた。清正は、もし愛馬が亡くなったら当地に葬り、そして皮を剝いではならないと厳命した。ところが、数人の村人は清正の命に反し皮を剥ごうとしたところ、愛馬は目を開いて光を放ち、雷鳴のような鳴き声を上げて、びっくりした村人は逃げ出してしまった。これ以降、当地では馬の皮を剥ぐことが禁じられたという。
文化財
- 円通寺の石塔(板碑と宝篋印塔)(鴻巣市指定有形文化財 平成7年3月23日指定)[2]
- 円通寺の三十三観音(鴻巣市指定有形文化財 平成7年3月23日指定)[2]
- 円通寺の観音堂(鴻巣市指定有形文化財 平成13年3月28日指定)[2]
- 円通寺観音堂木造馬頭観世音菩薩坐像(鴻巣市指定有形文化財 平成13年3月28日指定)[2]
- 円通寺観音堂木造神馬(鴻巣市指定有形文化財 平成13年3月28日指定)[2]
- 圓通寺観音堂宮殿(鴻巣市指定有形文化財 令和5年10月10日指定)[2]
交通アクセス
- 路線バス下屈巣停留所より徒歩5分。
脚注
参考文献
- 埼玉県佛教会 監修『埼玉のお寺 埼玉県寺院全集』千秋社、2001年
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