リディア・ウィデマン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/15 05:21 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動
この項目は亡くなったばかりの人物について扱っています。その人物の死の詳細や取り巻く環境また状況が知れ渡っていくに従い、この項目の内容もまた急速に大きく変化することがありますのでご注意ください。
2019年4月15日 (月) 05:06 (UTC)貼付。(表示終了予定:2019年4月22日 (月) 05:06 (UTC)) |
獲得メダル | ||
---|---|---|
![]() |
||
![]() |
||
女子 クロスカントリースキー | ||
オリンピック | ||
金 | 1952 オスロ | 10km |
リディア・ウィデマン(Lydia Wideman-Lehtonen、1920年5月17日 - 2019年4月13日)はフィンランド、ピルカンマー県ヴィルップラ(Vilppula、現在のマンッタ=ヴィルップラ)出身の元クロスカントリースキー選手。1940年代から1950年代にかけて活躍した。
プロフィール
1952年オスロオリンピック女子10kmで優勝、オリンピック初採用となった女子クロスカントリースキーの最初のメダリストとなった。 このシーズン終了後引退し、同年夏に結婚した。
2019年4月13日に死去。98歳没[1]。この時点までフィンランドの金メダリストとしては最長命であり、2018年2月23日にバハマのセーリング選手、ダーウォード・ノウルズ(1964年東京オリンピック男子スター級金メダリスト)が死去して以来、世界の金メダリストの中でも最長命の人物だった。
出典
- リディア・ウィデマン - 国際スキー連盟のプロフィール (英語)
- リディア・ウィデマン - バイオグラフィーとオリンピックでの成績(Sports Reference)(英語)
- Lydia Videman-Lehtonen, Suomen ensimmäinen hiihdon naisolympiavoittaja(フィンランド語)
- ^ “Olympiavoittaja Lydia Wideman-Lehtonen on kuollut 98-vuotiaana” (フィンランド語). Ilta-Sanomat. (2019年4月13日) 2019年4月14日閲覧。
- リディア・ウィデマンのページへのリンク