キュンリッチ (ウェセックス王)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > キュンリッチ (ウェセックス王)の意味・解説 

キュンリッチ (ウェセックス王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/06/26 15:14 UTC 版)

キュンリッチ
Cynric
ウェセックス王
在位 534年560年
死去 560年
子女 チェウリン
クタ
王家 ウェセックス家
父親 クレオダ?
テンプレートを表示

キュンリッチ(Cynric)は、ウェセックス王国の第2代の王。「キュンリッチ」という名前は「王の親族」という意味である。彼の記述はアングロサクソン年代記(以下「年代記」)にのみ書かれている。現在の英語ではシンリックと呼ばれることが多い。日本語ではキンリクとも書かれる[1]

概要

アングロサクソン年代記での記述およびその考察

年代記によると先王チェルディッチとともにブリテン島に上陸し、ウェセックス王国を創設したと伝えられるが、チェルディッチと同様に存在自体に史的な裏づけが乏しい。在位は534年から560年とされているが、これにも異論がある[2]

ここでは彼はチェルディッチの息子とされているが、それと同時に書かれている王朝の在位王の列記では彼はチェルディッチの息子クレオダ(Creoda of Wessex)の息子、すなわち彼の孫とされており、一致していない。

彼の治世にウェセックス王国はソールズベリー近郊のオールド・サラム(Old Sarum)を552年に攻略、556年には息子チェウリンとともにブリトン人と戦いベランブルフ(Beranburh、またはベラン・ビュルグ Beran Byrg)を攻略する。しかしながら、もし、この出来事の年代が正しければ、年代記に書かれた495年に彼がチェルディッチとともにブリテン島を上陸したという記述は正しくない事になる。

映画における配役

2004年の映画「キング・アーサー」ではキュンリッチ(映画ではシンリック)は父チェルディッチ(同じく映画ではセルディック)とともに敵役となっており、戦い[3]でキュンリッチはランスロットに、チェルディッチはアーサーに殺された。

脚注

  1. ^ 大沢一雄訳『アングロサクソン年代記(朝日出版社)』より
  2. ^ 現代イギリスの歴史学者デヴィッド・ダンヴィル(en:David Dumville)はキュンリッチの在位は554年から581年までとしている。
  3. ^ バドン山の戦いと思われる。

参考文献

  • 『アングロ・サクソン年代記』 大沢一雄訳、朝日出版社、2012年
先代:
チェルディッチ
ウェセックス王
2代
534年560年
次代:
チェウリン



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「キュンリッチ (ウェセックス王)」の関連用語

キュンリッチ (ウェセックス王)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



キュンリッチ (ウェセックス王)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのキュンリッチ (ウェセックス王) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS