イレネウス・アイブル=アイベスフェルト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/29 05:58 UTC 版)
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Irenäus Eibl-Eibesfeldt, 2005
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人物情報 | |
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全名 | Irenäus Eibl-Eibesfeldt |
生誕 | 1928年6月15日![]() |
死没 | 2018年6月2日(89歳没)![]() |
学問 | |
研究分野 | 動物行動学 |
イレネウス・アイブル=アイベスフェルト(Irenäus Eibl-Eibesfeldt, 1928年6月15日 - 2018年6月2日)は、オーストリアの動物行動学者。ヒューマン・エソロジーの産みの親で、動物行動学研究を人間に応用した。
経歴
オーストリア・ウィーン出身。1945年から1949年までウィーン大学で動物学を学んだ。1946年から1948年までウィーン近くのヴィルヘルミネベルク生物学研究所で研究を行い、また1949年からアルテンベルクの比較行動学研究所でコンラート・ローレンツと研究を行った。1951年から1969年までマックス・プランク行動生理学研究所で働いた。1970年にミュンヘン大学の動物学教授となり、1975年以降マックス・プランク行動生理学研究所の所長を務めた。ヒューマンエソロジー国際学会の創設者の一人であり、初代会長である。
動物行動学者として、ほ乳類の行動の発達、脊椎動物のコミュニケーション行動の比較などを研究した。多くの著作があり、『愛と憎しみ』が代表であるが、これは「種の保存論」に従って記述されていると批判された。しかし彼は師のローレンツと異なりすぐに行動生態学の発展と見解を受け入れ、その分野の指導者の一人となった。
1950年に結婚した妻エレオノールとの間に息子ベルノルフと娘ロスヴィータがいる。
2018年6月2日、ドイツのシュタルンベルクにて永眠した[1]。89歳没。
著書
邦訳されているもの
- ヒューマン・エソロジー-人間行動の生物学 桃木暁子、 日高敏隆訳 2001年
- 愛と憎しみ-人間の基本的行動様式とその自然誌 日高敏隆、 久保和彦訳 1986年
- 戦争と平和-その行動学的研究 三島憲一、 鈴木直訳 1978年
- 比較行動学 伊谷純一郎、 美濃口坦訳 1978年
- ガラパゴス 八杉龍一、八杉貞雄訳 1972年
脚注
- ^ “Zum Tode Irenäus Eibl-Eibesfeldts "Ein Titan der Beobachtung"”. SPIEGEL-ONLINE. SPIEGEL-ONLINE. (2018年6月3日) 2018年6月4日閲覧。
外部リンク
- 公式サイト (英語)
- バイオグラフィ (英語)
- International Society for Human Ethology (英語)
固有名詞の分類
進化生物学者 |
ジョセフ・ダルトン・フッカー ウォルター・ウェルドン イレネウス・アイブル=アイベスフェルト ジョージ・ロマネス ジュリアン・ハクスリー |
動物学者 |
エドゥアール・シャットン ウィレム・デ・ハーン イレネウス・アイブル=アイベスフェルト ジョン・ギューリック コンラート・ローレンツ |
オーストリアの生物学者 |
エルヴィン・シャルガフ ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ イレネウス・アイブル=アイベスフェルト コンラート・ローレンツ カール・ラントシュタイナー |
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