イザベル・ドルレアン (1878-1961)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/13 16:08 UTC 版)
イザベル・ドルレアン Isabelle d'Orléans |
|
---|---|
![]() |
|
|
|
出生 | 1878年5月7日![]() |
死去 | 1961年1月21日(82歳没)![]() |
配偶者 | ギーズ公ジャン・ドルレアン |
子女 | イザベル フランソワーズ アンヌ アンリ |
家名 | オルレアン家 |
父親 | パリ伯フィリップ |
母親 | マリー=イザベル・ドルレアン |
イザベル・マリー・ロール・ムルセデス・フェルディナンド・ドルレアン(フランス語: Isabelle Marie Laure Mercédès Ferdinande d'Orléans, 1878年5月7日 - 1961年1月21日)は、フランス王位請求者ジャン・ドルレアン(ギーズ公、ジャン3世を自称)の妻。1926年より亡くなるまでフランス王妃(reine de France)を自称した。
生涯
パリ伯フィリップ(フランス王としてはフィリップ7世を自称)とその妻マリー=イザベル・ドルレアンの三女として、ウーの城で誕生した。
1899年にイギリスにて従兄にあたるジャン・ドルレアンと結婚、4子をもうけた。
- イザベル(1900年 - 1983年) - 1923年、アルクール伯ブルノと結婚。1934年、ミュラ公ピエールと再婚。
- フランソワーズ(1902年 - 1953年) - 1929年、ギリシャ王子クリストフォロスと結婚。
- アンヌ(1906年 - 1986年) - 1927年、第3代アオスタ公アメデーオと結婚。
- アンリ(1908年 - 1999年) - パリ伯。
1961年、モロッコにて死去した。
- イザベル・ドルレアン_(1878-1961)のページへのリンク