イザベル・ドルレアン (1900-1983)
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イザベル・フランソワーズ・エレーヌ・マリー・ドルレアン(Isabelle Françoise Hélène Marie d’Orléans, 1900年11月27日 ル・ヌヴィオン=アン=ティエラシュ - 1983年2月12日 ヌイイ=シュル=セーヌ)は、フランスの旧王族オルレアン家の子孫。
共にフランス王ルイ・フィリップの曾孫にあたり、従兄妹同士であったギーズ公ジャン・ドルレアンとイザベル・ドルレアンの間の第3子・三女[1]。一家は1909年よりフランス保護領モロッコで暮らし[1]、第一次世界大戦勃発時は偶然フランスに滞在していたが、父ギーズ公以外の家族は戦争を避けモロッコに戻っている[1]。
1923年9月12日ル・シェネにて、有力なオルレアニスト政治家だったウジェーヌ・ダルクール公爵の曾孫の1人ブルーノ・ダルクール伯爵と結婚したが[1]、夫は1930年自動車事故で世を去った[1]。
1934年7月12日ジュイ=アン=ジョザスにて、ピエール・ミュラ公子(1900年 - 1948年)と再婚。ミュラは第3代ミュラ公爵リュシアン・ミュラの曾孫、第3代エルシンジャン公爵ミシェル=アロイ・ネイの孫であり、ボナパルティストの家系だったので、父ギーズ公は怒ってイザベルを義絶、オルレアン家の成員から除外した[2]。
1940年の父の死後、第二次世界大戦の戦火を避け、モロッコのアライシュに家族が所有する所領に戻った[1]。
子女
最初の夫との間に4人の子をもうけた。
- ベルナール・ダルクール(1925年 - 1958年[3]) - ゼナイード・ラシェウスカと初婚(離別)、1951年イヴォンヌ・ド・コンタードと再婚し2子を得る
- ジローヌ・ダルクール(1927年 - 2019年) - 1950年アントワーヌ・ド・ドルー=ブレゼ伯爵と結婚・子孫あり[6]
- イザベル・ダルクール(1927年 - 1993年) - 1948年、継父の又従兄弟の息子であるルイ・ミュラ公子と結婚・子孫あり[7]
- モニーク・ダルクール(1929年 - 2025年) - 1948年アルフレッド・ブーレイ・ド・ラ・ムールトと結婚・子孫あり[8]
- ジローヌ・ブーレイ・ド・ラ・ムールト(1949年 - ) - 1975年ルノー・ド・クレルモン=トネール伯爵と結婚[9]
- ロール・ブーレイ・ド・ラ・ムールト(1951年 - ) - ジャーナリスト、ジェームズ・ゴールドスミスの愛人となり映画製作者シャーロット・コルバートら2子を得る[10]
- イズルト・ブーレイ・ド・ラ・ムールト(1956年 - ) - 1979年アレクサンドル・ブラカ・ダルプ(第6代ブラカ公爵の子息)と結婚・子孫あり[11]
引用・脚注
- ^ a b c d e f de Montjouvent, Philippe. ‘’Le Comte de Paris et sa Descendance’’. Editions du Chaney, 1998, Charenton, France. pp. 33-34, 78, 323, 386. (French). ISBN 2-913211-00-3.
- ^ Almanach de Gotha. 1944. Bourbon (Orléans). Gotha. Justus Perthes, 1944), pp. 1832, 490-491. (French).
- ^ Count Bernard d'Harcourt geneall.net
- ^ “Généalogie de Colombe Anouilh”. 2025年6月13日閲覧。
- ^ Colombe Anouilh geneall.net
- ^ “Antoine de Dreux-Brézé n. 22 août 1928 - Rodovid FR”. 2025年6月13日閲覧。
- ^ Louis Marie Xavier Joachim Napoleon Prince Murat geneall.net
- ^ Alfred Count Boulay de la Meurthe geneall.net
- ^ Renaud Count of Clermont Tonnerre geneall.net
- ^ Smith, Sally Bedell. Vanity Fair. Billionaire with a Cause. May 1997. Retrieved 27 July 2016.
- ^ Alexandre de Blacas d'Aulps geneall.net
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