アンドリュー・ディクソン・マレーとは? わかりやすく解説

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アンドリュー・ディクソン・マレー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/12 22:45 UTC 版)

アンドリュー・ディドスン・マレー

アンドリュー・ディクソン・マレー(Andrew Dickson Murray FRSE FLS 、1812年2月19日 - 1878年1月10日)は、スコットランド弁護士植物学者動物学者昆虫学者である。

略歴

エディンバラに生まれた。法律を学び法廷外弁護士(Writer to the Signet)になった。法律事務所のMurray & Rhindで働き、エディンバラで開業した。昆虫学の論文を書いたが、発表されたのは40歳になった時に、エディンバラ大学のニューカレッジの博物学の博物学教授のウィリアム・フレミングが没してその後任となった時期である。1857年にエディンバラ王立協会のフェローに選ばれた。

オレゴン探検協会(Oregon Exploration Society)が設立されて、マレーが事務局長になったことで、アメリカ北西部の樹木に興味を持つことになった。1858年から1859年の間、エディンバラ植物学会の会長を務め、1860年には弁護士をやめた。ロンドンに移り、1860年から1865年の間、王立園芸協会の副事務長を務めた。1861年にロンドン・リンネ協会のフェローに選ばれた。1868年に王立園芸協会の科学委員会に加わり、1877年に科学部長に任命された。1868年に実用昆虫学のコレクションを始め、これは、現在のベスナルグリーン博物館に保存されている。

1869年に植物学会の代表団としてサンクトペテルブルクを訪れ、1873年にユタ州カリフォルニア州を訪れたが、この旅行で健康を害して、ケンジントンで没した。

昆虫学への貢献は、甲虫目の関するもので、大英博物館のキュレータージョン・エドワード・グレイに薦められて1863年からリンネ協会誌に(Nitidulariae)のモノグラフを発表した。Coniferaeに関する著作は動物学会のRay Societyから出版が始められたが完結することはなかった[1]

著作

  • Botanical expedition to Oregon, 1849-1859
  • Catalogue of the Coleoptera of Scotland, 1853. Ed. Edinburgh, London, W. Blackwood & sons
  • The Pines & Firs of Japan, 1863
  • The Pinetum britannicum, Teile 4 bis 37, 1863-1884
  • The Geographical Distribution of Mammals, 1866
  • On the geographical relations of the chief coleopterous faunae. 1870. J. Linn. Soc. 11: 1-89
  • Economic Entomology, 1877. Ed. Chapman & Hall, London

脚注

  1. ^ Boulger, George Simonds (1894). "Murray, Andrew (1812-1878)". In Lee, Sidney. Dictionary of National Biography 39. London: Smith, Elder & Co

参考文献

  • Anonym 1878 [Murray, A.] Entomologist's Monthly Magazine (3) 14 1877-78 215-216
  • Anonym 1879 [Murray, A.] Petites Nouv. Ent. 2 (Nr. 190) 207.
  • Kraatz, G. 1878 [Murray, A.] Dtsch. ent. Ztschr. 22 229.
  • Marseul, S. A. de 1883 Les Entomologistes et leurs Écrits (Entomogists and their writings) L'Abeille (4) 21(=3) 61-120 106-107.,
  • Musgrave, A. 1932 Bibliography of Australian Entomology 1775-1930. Sydney 233.
  • Westwood, J. O. 1877 [Murray, A.] Trans. Ent. Soc. London, London [1877] XXXIX.



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