アントワン・ライトとは? わかりやすく解説

アントワン・ライト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/10 21:09 UTC 版)

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アントワン・ライト
Antoine Wright
引退
ポジション(現役時) SG/SF
背番号(現役時) 21
身長(現役時) 201cm (6 ft 7 in)
体重(現役時) 97kg (214 lb)
基本情報
本名 Antoine Domonick Wright
ラテン文字 Antoine Wright
誕生日 (1984-02-06) 1984年2月6日(37歳)
アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ウェストコビーナ
出身 テキサスA&M大学
ドラフト 2005年 15位
選手経歴
2005-2008
2008-2009
2009-2010
2010
2010
2010-2016
ニュージャージー・ネッツ
ダラス・マーベリックス
トロント・ラプターズ
サクラメント・キングス
江蘇ドラゴンズ
Dリーグ、海外リーグなど
Stats  NBA.com
Stats  Basketball-Reference.com
獲得メダル
アメリカ合衆国
U-18バスケットボールアメリカ選手権
2002 マルガリータ島 男子団体

アントワン・ライトAntoine Domonick Wright1984年2月6日 - )はカリフォルニア州ウェストコビーナ出身の元バスケットボール選手。ポジションはシューティングガードスモールフォワード

経歴

プロ入りまで

2002年、U-18アメリカ代表として、ベネズエラマルガリータ島で行われたU-18バスケットボールアメリカ選手権に出場、銅メダルを獲得した。

2002年の高校卒業時、ESPNは彼を全米4位のプロスペクトと評価した[1]アリゾナ大学メリーランド大学コネティカット大学ノースカロライナ大学アリゾナ州立大学などからもリクルーティングされたが、最も早くから彼に注目していたテキサスA&M大学に進学した[1]

1年次には平均14.5得点、6.6リバウンド、1.3スティール、0.7ブロックショットビッグ・12・カンファレンスのフレッシュマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた[1]。2年次チームはカンファレンス内の対戦で16戦全敗した。彼は28試合中26試合で先発出場しチームトップの平均13.5得点、シーズン通算で47本の3ポイントシュート、98ブロックショットをあげた。グランブリング州立大学戦では5本の3ポイントシュートを決めて自己最高の32得点、カンザス大学戦では24得点、自己ベストの12リバウンドをあげた[2]。ヘッドコーチが解任されることになり、彼はこのシーズンを最後にNBAドラフトへのアーリーエントリーを検討したが、新ヘッドコーチとの面談でドラフト1巡で指名されるには1年顕著な成績をあげる必要があると説得され、大学に残った。

大学3年次には、カンファレンス内4位の平均17.8得点、全米トップの3ポイントシュート成功率44.7%の成績をあげた[2]コロラド大学戦では11本のフリースローすべてを決めて自己ベストタイの32得点、テキサス工科大学戦では8本中7本の3ポイントシュートを決めて29得点をあげた[2]。こうした活躍から彼はAP通信によって大学初のオール・ビッグ・12・カンファレンスのファーストチームに選ばれた。チームはこの年NITトーナメントベスト4に進出、1982年以来となる好成績をあげた。シーズン終了後、彼は2005年のNBAドラフトにアーリーエントリーすることを決断した。

ドラフトでは1巡目15位でニュージャージー・ネッツから指名された。テキサスA&M大学からNBAドラフト指名されたのは彼が3人目であり、1巡目で指名されたのは1976年のソニー・パーカー以来のこと、またパーカーは全体17位指名であり、彼は同大学から最高位でNBAドラフト指名された選手となった(その後、2007年のNBAドラフトエイシー・ローが全体11位で指名された。)。

初年度はチームメイトのヴィンス・カーターリチャード・ジェファーソンの二人がいたこともあり、39試合出場、1試合平均わずか9.5分の出場、シュート成功率35%に止まる。

2年目の06-07シーズンはカーター、ジェファーソンの控えとしてローレンス・フランクヘッドコーチによるチームのローテーションに食い込み、63試合出場(ジェファーソンが足首の負傷で欠場したことなどにより、23試合に先発出場)を果たし、4.5得点、2.8リバウンドの成績を残し、成長の跡を残した。07-08シーズン序盤はキャリアハイとなる21得点をあげるなど好調のスタートを切ったが、その後はチーム成績と共に自身も調子を落とし、このシーズン中に行われたジェイソン・キッドを核とした大型トレードに組み込まれ、ダラス・マーベリックスへ移籍した。

2008年11月25日のインディアナ・ペイサーズ戦では39分出場し、自己ベストの24得点をあげた。

2009年7月9日、数チームがからんだトレードで、デヴィン・ジョージと共にトロント・ラプターズへ移籍した。

2010年7月23日、サクラメント・キングスと契約したが、同年11月29日、キングスからカットされた[3]。その後12月31日、中国の江蘇ドラゴンズと契約した[4]

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c Eric Pedersen (2005年6月28日). “The Wright stuff”. thebatt.com. 2011年6月22日閲覧。
  2. ^ a b c Prospect Profile”. nba.com. 2011年6月22日閲覧。
  3. ^ Transactions: 2010-11 Season”. nba.com. 2011年6月22日閲覧。
  4. ^ 江苏男篮确认签约前NBA悍将 不好管理弃死神帕克”. sports.sina.com (2010年12月31日). 2011年6月22日閲覧。
  5. ^ 18 NBA Veterans Arrested in Alleged $4 Million Health Insurance Fraud Scheme”. NBC News (2021年10月7日). 2021年10月9日閲覧。
  6. ^ トニー・アレンやダリアス・マイルズら計18人がニューヨーク連邦裁判所に起訴される…”. バスケットボールキング (2021年10月8日). 2021年10月10日閲覧。

外部リンク





固有名詞の分類

アメリカ合衆国の男子バスケットボール選手 ケビン・ウィリス  デカン・クック  アントワン・ライト  アンファニー・ハーダウェイ  マーキス・ダニエルズ
アメリカ合衆国のバスケットボール選手 ジョー・デュマース  カール・マローン  アントワン・ライト  アンファニー・ハーダウェイ  マーキス・ダニエルズ
ダラス・マーベリックスの選手 ママドゥ・ヌジャイ  ケビン・ウィリス  アントワン・ライト  マーキス・ダニエルズ  ラファイエット・リーバー
ニュージャージー・ネッツの選手 エド・オバノン  P.J.ブラウン  アントワン・ライト  トッド・マカロック  エドアルド・ナヘラ
トロント・ラプターズの選手 ママドゥ・ヌジャイ  ケビン・ウィリス  アントワン・ライト  アルヴィン・ロバートソン  カルロス・デルフィーノ

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