TVグラフィックおしゃべりトマト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/29 14:00 UTC 版)
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ジャンル | 帯番組/情報番組 |
出演者 | 下記参照 |
製作 | |
制作 | テレビ神奈川 |
放送 | |
放送国・地域 | 日本 |
放送期間 | 1983年4月4日 - 1995年9月29日 |
放送時間 | 月曜日 - 金曜日12:30(初期は12:00) - 15:00 |
概要
1981年の「スタジオ・きょう」終了後、途絶えていた昼の生ワイドショーをおよそ2年ぶりに復活させたものがこの番組である。当初は司会(VJ…ビデオジョッキー)を局アナとし、曲を流したり、ハガキを読んだりといったラジオスタイルを採る。スタジオは「スタジオ・きょう」開始時に改修された旧放送センターの第2スタジオで、カメラはリモコン操作、スタジオスタッフはAD1名、ゲストへのお茶出しはVJが行うという徹底したコストダウン番組だった。
番組後半は当時珍しいビデオクリップをただ流すのみのコーナー「トマト・パーティー」[1]。ただし、番組スタート時に音声多重放送が行われていなかったためか、番組終了までモノラル放送であった。
なお、1983年の8月最終週は9月1日の防災の日にちなみ、「トマト・パーティー」を休止して関東大震災や新潟地震など、過去に発生した大規模災害の記録映像を放送した。
中期までバラエティ色が深い構成だったが、1992年から構成を大幅変更し、コメンテーターを迎え、生活番組色が濃くなった。番組末期において若干の軌道修正を行った。
放送時間
1983年4月4日(月)〜1985年9月
- 12:00〜15:00(14:00〜15:00は「トマト・パーティー」)※音声多重実施後も、トマト・パーティーはモノラル放送だった。
1985年10月〜1995年9月29日(金)
- 12:30〜15:00(14:30〜15:00は「トマト・パーティー」)※音声多重実施後も、トマト・パーティーはモノラル放送だった。
- 12:30〜15:40(15:10〜15:40は「トマト・パーティー」、1990年代の金曜日のみ)※音声多重実施後も、トマト・パーティーはモノラル放送だった。
出演者
●はtvkアナウンサー。
MC
期間 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | |
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1983.4 | 1984.3 | 岡村光芳● 平江由美 |
原良枝● 大内和美 |
森田浩康● 日替わりアシスタント |
鎗田圭子● | 豊川浩● 大津びわ子 |
1984.4 | 1985.3 | 森田浩康● 平江由美 |
鎗田圭子● 大内和美 |
岡村光芳● 日替わりアシスタント |
原良枝● | |
1985.4 | 1986.9 | 森田浩康● | 鎗田圭子● | 岡村光芳● | 豊川浩● | |
1986.10 | 1988.3 | 石渡のり子 | 若林真弓 柿沢美貴 |
西本淑子 | ||
1988.4 | 1989.3 | 若林真弓 柿沢美貴 | ||||
1989.4 | 1990.3 | 代田奈津子 金原亭駒平 |
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1990.4 | ? | 代田奈津子 田上ひろし |
鎗田圭子● ダミアン福原 |
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1995.4 | 1995.9 | 小池達子 小西雅子 |
- 鈴木美恵子(元・テレビ東京アナウンサー)
- 山藤芳子(元・中京テレビアナウンサー)
- 永田耕一(スーパー・エキセントリック・シアター)
- 中野明子
- アンソニー修
- 青嶋達也(現・フジテレビアナウンサー)
- 吉井祥博(現・tvkアナウンサー)
- 芝尚子(?〜1995.3)
- たかとりじゅん(元・福島中央テレビアナウンサー、芝の後任、1995.4〜1995.9)
- 河野宏子(鎗田の後任)
- 鈴木美佳(新潟総合テレビアナウンサー→TVKアナウンサー)
- 太田英明(文化放送アナウンサー)[2]
- 佳山容子
- 麻生あゆみ(95年、京浜急行キャンペーンガールとして月1回金曜に京急関連の情報を伝える)
コーナー担当
コメンテーター
※1992年の生活情報番組へのリニューアルとともに登場するも、番組の軌道修正に伴い1993年で降板した。
- 1 TVグラフィックおしゃべりトマトとは
- 2 TVグラフィックおしゃべりトマトの概要
- 3 関連項目
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