M&A 概要

M&A

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/18 05:17 UTC 版)

概要

企業・事業の全部または一部の移転を伴う取引を包括的にいう概念であり、狭義では会社の支配権の移転を伴う取引のみをいうが、広義では、支配権50%未満の取得に留まるマイノリティ出資や、既存子会社の完全子会社化のような支配権強化の取引も含みうる[2]

具体的な手法としては、吸収合併、株式の取得・移管(TOB含む)、事業譲渡会社分割、合併などがある。広義には、合弁会社設立を含めた資本提携や業務提携OEM提携などを含む。

企業買収

企業買収: Acquisition)は過半数株式の買い取りによる企業とその支配権の獲得である。バイアウト: buyout)とも呼ばれる[3][4][5][6][7]。M&Aが合併、すなわち業務移管や統合といった意味合いまで含むのに対し、バイアウトは純粋に買い取りを意味する。

企業買収の基本的な仕組み

会社の所有者と経営者について

企業が株式会社等である場合、取締役などが経営者として経営の義務を負い、株主などが所有者として規定(法定又は定款で定める)されている権利を行使することにより、一定の緊張関係を存在させることで企業の統治を行う事で、適切に会社の存在意義と法令遵守が全うされると考えられている(会社法の予定する理想形)。これを所有と経営の分離と言う。具体的には、株主が株主総会において、取締役や監査人の選任、定款記載事項の変更、および株主提案(米国には制度がない)を行い、会社のコントロールを行う事等を指す。経営者の地位は、プロ野球選手と同じ委任契約であり、雇用契約ではない。また所有者の「所有」とは、狭義では法定又は定款で定められた権利行使を約束された権利である(社会通念より弱い「所有」であるのは、債権者保護と間接有限責任の両立が目的であるとされる)。

企業買収とは、一般的には買収者は現在の株主から株式を買い取って新たに株主となり、その会社の「所有」者として経営をコントロールする。株主として配当等の経済的利益を受けるメリットを享受するのが第一の目的とされる(企業のコントロール自体を目的とする場合もある)。

いわゆるオーナー企業で経営者と株主が同じ場合を除き、経営陣は株主に選任されて会社運営を任された立場に過ぎない。買収提案時点での経営陣はそれまでの株主に経営を任された者であるから、買収によって株主が変動することは自らを選任した者たちが株主でなくなることを意味する。取締役は選ばれる立場に過ぎず、本来直接株主の異動に意見を述べる立場にない反面、実際には経営者としての地位保全のためには重要な利害関係を有する出来事となる(私利的な利害)。

経営陣が買収提案に意見を述べるのが正当化されるのは、企業価値(狭義では配当と株価)が維持されるかどうかという目的について、現在の株主に対し買収提案が妥当なものかどうかについての意見を述べるときである。ごく端的に言えば自分の立場が危うくなるから反対するのではなく、株主にとって買収提案に乗ることはメリットがないからやめたほうが良いという現場からのアドバイスという位置づけにすることで取締役は買収提案に反対してもそれが私利私欲に基づくものではないということができることになる。

株式の保有割合

株式は細分化された上で複数の株主に保有されることが予定されており、通常は発行済み株式総数や各議案について行使可能な議決権を有する株式数との関係で割合的に会社の「所有権」を取得することになる。取締役の選任など通常の株式会社の議案については発行済み株式総数の過半数の議決権を有する株主の賛成で承認されること、また会社にとって重要な合併の承認・定款の変更などについては同じく3分の2以上の議決権を有する株主の賛成で承認されることから、会社の株式の保有割合については過半数を有しているかどうか、3分の2以上を有しているかどうかが会社の「所有」に関する区切りとなりうる。また、そこに至らなくても3分の1以上の議決権を有している場合には意に沿わぬ重要決議を阻止することができることとなる。

株式の取得方法

買収者は、株式を現在の株主からの相対取引(個別交渉)により取得することができるほか、公開会社の場合には証券取引所などのマーケットにおいて対象企業の株式を取得することができる。ただし、特定企業の株式を一定割合以上取得するときには大量保有報告書などの証券取引法(金融商品取引法)上の規制を受けることとなるほか、一定の場合には公開買い付けの方法によることが義務付けられるなどの制約が課されることとなる。公開買い付けは買収提案者が条件を公表しつつ広く一般株主から買い付けを行うものであり、それに現在の経営陣が同意する場合には上場企業の場合には適時開示の一環としてその旨を買収先企業も公表することが必要とされることから、少なくともこの時点で買収の取り組みは公然のものとなりその枠組みがいわゆる敵対的買収なのか友好的買収なのかが明らかになる。

M&Aをめぐる戦略

一般的な友好的M&A取引の進め方

基本合意書

基本合意書(MOU)を用いて、交渉に先立って一定の合意を行うことがある。秘密保持や独占的交渉権、誠実交渉義務などの約定がなされる。これより手前で秘密保持契約(NDA)が結ばれることも多い。

デューディリジェンス

対象企業のプライシング、契約書による必要な手当て、リスクの事前把握などを目的として、デューディリジェンス(「DD」)という監査が行われる。当事者や投資銀行によるビジネスDD(事業DD)、弁護士による法務DD、公認会計士による財務DD、弁理士による知財(特許権、商標権、著作権等)DDなどがある。

契約締結

合併契約書、株式売買契約書などの必要な契約書が作成され、締結される。そのドラフトは、当事者同士か、法務DDを担当した法律事務所が中心となって行い、DDの結果を反映することとなる。契約締結に先立って、必要に応じて、各当事者の社内手続(取締役会や株主総会などでの決裁)を経るとともに、関連官庁(業規制当局や競争法当局)の許認可等を得ることがある。

クロージング

契約によって定められた日に決済がなされ、M&Aが実行される。

敵対的買収

敵対的買収(hostile takeover)とは対象会社のその時点の経営者に対して友好的ではない買収を指す言葉で、通常は買収対象会社の取締役会による同意が得られていない買収を言う。経営陣が買収提案に同意しない場合には買収防衛策の導入が図られたり、株主に対し会社経営陣として買収提案に応じないよう働きかけが行われたりすることから、買収の成否をめぐって買収提案者と被買収側会社経営陣などを中心に激しい闘争がなされることとなる。

表現としてはあまり好いイメージとは言えないが、敵対的買収という文脈での「敵対的」との表現は現経営者と買収提案者が「敵対的」であることを意味するだけであり、買収の提案内容とは中立的なもので、あくまで買収提案者以外の株主や投資家・従業員・社会一般にとって敵対的・有害な買収であることなどを意味しているものではない。

ただし、敵対的な買収の場合、対象となる企業の経営陣のみならず、従業員・労働組合・取引先企業・下請けなどにとっても友好的とはおよそ言い難い敵対的な内容で、利己的な買収が強行されるパターンも往々に発生する。また、買収側の企業や経営陣が劣悪な労働環境・ドライな労使関係や商慣行で広く知られていたり、あるいは短期的な自己の利益のため活動しており企業の長期展望など顧みない投資ファンドなどである場合には、買収の対象となった側の企業の内外において様々な情報や関係者間の不安が交錯し、自身の先行きに不安を感じた従業員の大量離職が短期間に発生したり、関係の行き詰まりを見越した取引先や下請けが取引を打ち切るなど、買収に様々なリスクが付いて回ることも少なくない。また、特にこの様な形で社内が混乱している場合には、これに乗じて競合企業から従業員にヘッドハンティングが仕掛けられる場合もある。これらの結果として、特に特定の業務独占資格の有資格者が必要な業種では、買収が成立してもその企業から有資格者が流出し人数不足となることによる業務の停滞や、離職した者がノウハウを基に新たに同業者を立ち上げて競合関係になる、などといったリスクを抱える場合もある。


注釈

  1. ^ ある大手会計事務所のクライアント企業を調査したところそのおよそ半数が後継者がいなかったといい、その理由としては次のようなものが挙げられるという[15]
    1. 子供がいない。
    2. 子供は大手企業で働いていて後継者となってくれない。
    3. 子供が社内にいるものの、厳しい経済状況を考慮すると経営者には向かない。
    4. 創業者の死により配偶者が後継者となったが、引退したい。
  2. ^ スティールは2010年12月9日~15日の間に単独保有しているサッポロ株をすべて売却し、敵対的買収に終止符が打たれたと報じられた[17]

出典

  1. ^ "M&A". 精選版 日本国語大辞典. コトバンクより2021年8月4日閲覧
  2. ^ 森・濱田松本法律事務所 2015, p. 3
  3. ^ "ありったけ買い占める(buy out)" の意
  4. ^ "過半数の株式の取得を通じて経営権を取得するケース ... バイアウト投資" 金融庁. (2020). 成長資金の供給のあり方に関する検討【総論】令和2年11月13日.
  5. ^ "バイアウトとは、企業の株式を買い取り、その結果として支配権を握ることをいう。" 山口. (2006). 企業結合とバイアウトの会計基準 -取得の主体のとらえかたにみられる企業観の相違について-. 駒大経営研究第37巻第3・4.
  6. ^ "バイアウト型(議決権を過半以上取得し企業価値向上を行う投資形態)" 幸田. (2021). リスクマネーの新しい流れ -コロナ禍におけるプライベート・エクイティ投資の広がり-. 月刊資本市場, No.427.
  7. ^ "買収を意味する「Acquisition」、「Buy-out」、「Takeover」 ... ネイティブでもあまり区別せずに使っている." 猪浦. (2018). 英語で「買収」を何という? -金融翻訳のプロに聞く-. M&A Online. 2022-09-09閲覧.
  8. ^ "企業買収は買収対象会社 ... の経営陣の意向に反して買収者が買収を仕掛ける敵対的なもの ... 友好的な買収( ... 対象会社の経営陣が同意をしている買収 ... )も存在する。 ... 敵対的買収 ... 友好的買収" 船津. (2010). 友好的買収における対象会社株主の保護 -Go-Shop条項の意義と機能を中心に-. 大証金融商品取引法研究会 (1), 169-239.
  9. ^ "買収グループの構成員の違いによって、以下のような分類がなされる ... ① ... Management Buy-Out ... ② ... Employee Buy-Out" 北川. (2007). マネジメント・バイアウト(MBO)における経営者・取締役の行為規整. RIETI Policy Discussion Paper Series 07-P-001.
  10. ^ 公正取引委員会 (2019年12月17日). “企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針”. 2021年8月4日閲覧。
  11. ^ 分林保弘 2011.
  12. ^ 中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題”. 中小企業庁. 2021年8月4日閲覧。
  13. ^ “ミニM&A拡大 会社員も事業主 年商1億円未満、仲介サイト台頭 副業解禁追い風 技術継承に道”. 日本経済新聞. (2019年6月21日). https://www.nikkei.com/nkd/industry/article/?DisplayType=1&n_m_code=155&ng=DGKKZO46359970Q9A620C1TJ3000 2021年8月4日閲覧。 
  14. ^ 分林保弘 2011, p. 23.
  15. ^ (分林保弘 2011, p. 18)
  16. ^ 分林保弘 2011, p. 26.
  17. ^ 『北海道新聞』2010年12月17日朝刊(16版)
  18. ^ コロワイド、敵対的TOB成立 大戸屋と対立長期化も”. jiji.com (2020年9月8日). 2020年9月9日閲覧。
  19. ^ 大戸屋への敵対的TOB成立へ コロワイド、経営陣刷新”. 朝日新聞デジタル (2020年9月8日). 2020年9月9日閲覧。
  20. ^ 『当社定時株主総会特別決議に基づく新株予約権無償割当てに関するお知らせ』 (PDF) 2007年6月24日 ブルドックソース公式
  21. ^ 株主総会決議禁止等仮処分命令申立事件決定 平成19年6月28日 東京地方裁判所民事第8部 裁判所公式
  22. ^ 株主総会決議禁止等仮処分命令申立却下事件に対する抗告事件決定 平成19年7月9日 東京高等裁判所第15民事部 裁判所公式
  23. ^ 『新株予約権発行差止仮処分命令申立てに係る特別抗告及び許可抗告の棄却について』 ブルドックソース 2007年8月7日
  24. ^ 『当社新株予約権の(一部)取得に関するお知らせ』ブルドックソース株式会社 平成19年7月24日
  25. ^ http://www.investopedia.com/terms/w/whiteknight.asp DEFINITION of 'White Knight'
  26. ^ ぺんてる株敵対的買収で目標の過半数届かずコクヨ苦戦 プラスと争奪戦(フジテレビ系(FNN))”. Yahoo!ニュース. 2019年12月13日閲覧。
  27. ^ コクヨ、ぺんてるの敵対的買収に失敗 株過半数に届かず”. 朝日新聞 (2019年12月12日). 2022年9月30日閲覧。
  28. ^ 共同通信 (2019年12月13日). “プラス、ぺんてる株を30%取得”. 愛媛新聞. 2022年9月30日閲覧。
  29. ^ コクヨ、ぺんてる株を売却 争奪戦〝正式〟決着”. 産経新聞 (2022年9月30日). 2022年9月30日閲覧。
  30. ^ “三井不動産が1200億円で東京ドーム買収、読売に2割譲渡”. ロイター通信. (2020年11月27日). https://jp.reuters.com/article/tokyo-dome-mitsui-idJPKBN2870OF 2022年9月30日閲覧。 
  31. ^ 東京ドームのTOB成立…三井不動産、完全子会社化へ”. 読売新聞 (2021年1月19日). 2022年9月30日閲覧。
  32. ^ “韓国カカオ、芸能事務所SMにTOB BTS事務所との争奪戦激化”. ロイター通信. (2023年3月7日). https://jp.reuters.com/article/southkorea-kakao-sm-ent-co-idJPKBN2V908W 2023年3月14日閲覧。 
  33. ^ 김태균 (2023年3月12日). “SMエンタ買収合戦が決着 カカオが経営権・HYBEはプラットホーム協力”. 聯合ニュース. 2023年3月14日閲覧。
  34. ^ Hooyeon Kim (2023年3月13日). “ハイブ、SMエンタの株式取得合戦から撤退-カカオと協力で合意”. Bloomberg.com. 2023年3月14日閲覧。
  35. ^ USEN、ナムコに日活の株式譲渡の白紙撤回を申し入れ”. AV Watch (2005年8月15日). 2022年10月11日閲覧。
  36. ^ 日本電産の東洋電機買収提案、労組が反対の意思表明”. レスポンス(Response.jp) (2008年12月8日). 2022年10月11日閲覧。
  37. ^ 「残念無念ではない」と記者会見で“永守節”連発、日本電産が東洋電機製造への買収提案を取り下げ”. 東洋経済新報 (2008年12月18日). 2022年10月11日閲覧。
  38. ^ 新株予約権発行差止仮処分決定認可決定に対する保全抗告決定 平成17年3月23日 東京高等裁判所第16民事部 裁判所公式
  39. ^ 『企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針』 経済産業省・法務省 2005年5月27日、15ページ(4)参照
  40. ^ a b c d e f g h i 加藤真朗 2018, pp. 5–6
  41. ^ a b M&Aアドバイザーとは?”. 日本M&Aアドバイザー教会. 2016年7月15日閲覧。[リンク切れ]
  42. ^ 資格概要 (2016年7月15日閲覧)。
  43. ^ “M&A仲介会社のIPOが相次ぐ理由”. ニュースイッチ. (2016年6月28日). http://newswitch.jp/p/5162 2016年7月15日閲覧。 
  44. ^ a b c d M&Aの最前線(1)”. TMI総合法律事務所 (2020年10月1日). 2021年8月4日閲覧。
  45. ^ a b 合格後すぐに、企業法務中心の事務所を開設、伊藤塾で合格し、本当に世界が広がりました”. 2016年7月15日閲覧。[リンク切れ]
  46. ^ 実務で活躍する会計士に聞く(2016年7月15日閲覧)
  47. ^ a b c 服部暢達『実践M&Aマネジメント』東洋経済新報社、2004年、119頁。 
  48. ^ a b 服部暢達『実践M&Aマネジメント』東洋経済新報社、2004年、120頁。 


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