ロッキード L-1011 トライスター 機体

ロッキード L-1011 トライスター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/05 00:53 UTC 版)

機体

曲面ガラスで構成された操縦席の窓(ウインドシールド)
後方から見たイギリス空軍のトライスター。第2エンジンと全遊動式尾翼(オールフライングテール)

構造

胴体自体は旅客機では一般的なセミモノコック構造であるが、トライスターでは、胴体外板や動翼にホット・ボンディング(熱間接着)を多用している[16]。これは、重量軽減と応力の均一化を主眼として導入したものである。また、キャビン(客室)の空間を広げるためにフレームの厚さを減少させている[16]。特に側面部分は外板の厚みを増す代わりにストリンガーを省略することで、フレームを7.6センチメートルにまで薄くした[16]。このため、胴体外径がDC-10より5センチ細いにもかかわらず、キャビンの幅は4センチ広い[16][注釈 6]

機体の窓の大きさは高さ34センチ・幅24センチという大きさで、51センチ間隔で並んでいる[17]。また、操縦席の窓(ウインドシールド)は曲面ガラスで構成されている[18]

主翼の翼面積はDC-10より11パーセントほど小さいが、幅はDC-10とほぼ同じで、後退角も同じ35度となっている[16]。主翼の高揚力装置は前縁スラットと後縁フラップを装備し、フラップは二段隙間式となっている。また、主翼のスポイラーは地上での減速時以外にも使用される(後述)。

水平尾翼昇降舵と連動して尾翼全体の角度を変える「全遊動式尾翼(オールフライングテール)」を採用している[16]。「全遊動式尾翼」は軍用機ではF-15型戦闘機などにも採用されている一般的な方式で、トリム調整の目的で水平尾翼の角度を調整する機構は多数の旅客機においても装備されているが、旅客機での「全遊動式尾翼」の採用はホーカー・シドレー トライデントに続く2例目で、ワイドボディ機では初採用となった[16]

エンジン

Whisperliner”と書かれた、イースタン航空のトライスター

エンジンには、前述したとおりロールス・ロイスRB211型エンジンを3基搭載している。歴史的に見れば、高バイパス比化による騒音低減の画期となったエンジンであり、その静粛さは計画段階からセールスポイントの一つであり、ローンチカスタマーであるイースタン航空のトライスターの第2エンジンには“Whisperliner[注釈 7]と書かれていた。FAAに認証されたトライスターの騒音性能は96デシベル[19]で、DC-10の99デシベル[19]に対しても優位にあった。直接の顧客や関係者のみならず、発着回数の増加によって社会問題となりつつあった空港の騒音問題に対しても、高バイパス比エンジンは(後から見れば)改善のための大きな切り札の一つであった。

同じ3発機であるライバル機のDC-10と比較して最も目立つ相違点は、後部に装着された第2エンジンの配置である。これは、エンジンへの吸気を導くためのS字ダクトを設け、エンジン自体は胴体後端に装着するものである。高バイパス比ターボファンエンジンでは、エンジンに吸入される気流の乱れに注意する必要があるが、トライスターの開発に当たっては風洞実験を念入りに行なうことで最適なダクト形状とし、直線的なダクトと同様の性能を有している。

これによって、垂直尾翼に設置される方向舵の面積も確保されたほか、第2エンジンの推力の方向が機体中心線に近くなるというメリットをもたらした[20]。また、胴体と同じ高さにエンジンが装着されることになり、胴体より高い位置にエンジンを装着するDC-10と比較して保守性の悪化を軽減することが出来た。だが、ダクトの設計をRB211型エンジンに特化したことでロールス・ロイスの破産時にゼネラル・エレクトリックCF6型エンジンプラット・アンド・ホイットニーJT9D型エンジンのような他のエンジンを搭載する仕様を再設計なしには不可能にしてしまっていた。またエンジンの設計遅延がこの機種の開発や運航開始の遅れに繋がってしまったのは否めない。

なお、エンジン自体は胴体後方から伸びるパイロンから吊り下げる方式となっており、主翼に設置された第1・第3エンジンと同じ装着方式となっているため、3基のエンジンは全て互換性を有している。

1990年代羽田空港で撮影

操縦システム

L-1011のコックピット

前述のように、軍用機開発や宇宙開発で培ったロッキード社の持つ技術力の全てをトライスターに投入すべく、当時としては先進的な機能を多く盛り込んだ。特にアビオニクスには、アポロ計画にも導入されたメカニズムまで盛り込まれた[1]

計器のスイッチ類は、トグルスイッチなどを極力廃し、スイッチが入っている時にはスイッチ自体が点灯するという、視認性と操作性に優れるものを採用した。これは「スイッチ・ライト」と呼ばれ、当時の旅客機では目新しい装備であった。

ダイレクト・リフト・コントロール

トライスターでは、着陸進入時のシステムとして、「ダイレクト・リフト・コントロール」[注釈 8]と呼ばれる、主に軍用機で使用されているシステムを採用した。これは、本来は着陸滑走の減速時に使用するスポイラーを着陸進入時にも細かい角度で動作させることにより、主翼の揚力をコントロールした上で、着陸進入角度を保持するためのものであった。これにより、着陸進入時に機首の上下を行なわなくても、正確に着陸進入を行なうことが可能になった。このシステムは高い精度を有しており、平常時の着陸進入においては、操縦士は操縦桿に手を触れなくても、機器を監視するだけでよかった。接地以降DLCは直ちに解除され、スポイラーは主翼揚力減殺効果を最大限得るべく全開される[21]

本システムは、ライバル機のDC-10でも試験飛行の際にテストされたが不採用となっており[16]、ボーイングやエアバスの旅客機でも全く採用されていない。旅客機での採用例は、2020年現在においてもトライスターのみである。

完全な自動操縦

トライスターでは、エリア・ナビゲーション・システムを旅客機としては初めて採用した。これは慣性航法装置(INS)や地上にある航空支援設備(VOR/DME)の電波などから正確な自機の位置情報を取得するもので、これを自動操縦装置に接続することで、離陸直後から着陸までを全て自動操縦とすることを可能にした[16]

また、自動操縦装置と前述のDLCの精度から、計器着陸装置(ILS)のカテゴリーIII A(CAT III A)に対応しており[22]、CAT III AのILSが整備されている空港においては、滑走路視距離ゼロでの着陸も可能となっている[1]

客室

L-1011の客室(トランス・ワールド航空)

客室(キャビン)は幅5.77メートル、高さ2.31メートル、長さ40.97メートルとなっている。登場当時の標準的な座席配置は2列-4列-2列の配置であるが、荷物棚(オーバーヘッド・ストウェッジ)は窓側座席の上にしかない[23]。その代わりに、中央の4列をさらに2列ずつ区切り、その間に仕切りを兼ねた荷物置き場(ストウェッジ)を設置していた[23]。天井は圧迫感を与えないような直線的なデザインとされた[23]。しかし、結果的に機内持ち込み手荷物を収納するスペースがライバル機と比べて少なくなり、乗客や客室乗務員から悪評を買うこととなった。

トライスターの特徴的な標準装備として、床下に設置されたギャレーが挙げられる。これは、床下前方貨物室の後端部に幅5.7メートルで奥行きが4メートルほどの空間を確保し、ギャレーとして使用したもので、キャビンを乗客用に有効活用することと、料理の臭気などがキャビンに流れないようにするため採用された[17]。専用のドアと窓が存在するため、キャビンを通さなくても食材の積み下ろしが可能である[22]。キャビンとは切り離された空間であったため、食事などの用意も行いやすく、クルーがそこで落ち着いて食事をとることもでき、また客室中央に地下に降りるエレベーターが設置されていたため、客室でのカートの動きもスムーズにすることができた。夜間のギャレーは暗く、「窓に映る自分の顔に思わずドキッとした」、「よくお化けが出るとか言う話があり、手が窓の外に見えたとか、降りていくと人が立っていたとか、怖がっている人もいて、今となっては笑い話でしかない噂があった」と、当時のスチュワーデスは述懐している[24]

また、側面窓にはカーテンやブラインドの装備はなく、偏光ガラスを2枚重ね、これを回転させることで透過光量の調整が可能となっている[17]。しかし、その後この機能を採用する機種は現れなかった[注釈 9]


注釈

  1. ^ 総生産数は167機。
  2. ^ 飛行機は車と同じで中古で売却する場合、よく売れた機種の方が高く売れる。また、欠陥があった場合も他の航空会社のトラブルでそれが発見されやすいという危機回避上のメリットがある。
  3. ^ トライスターのローンチカスタマーであったイースタン航空がアメリカの航空会社として初めてA300を採用し、それ以来アメリカの航空会社でもA300を導入する航空会社が増えた。
  4. ^ 全日空でのボーイング777は、トライスターが退役した翌月に初就航した。
  5. ^ 軍用機部門は2014年現在でも世界トップクラスのメーカーである。
  6. ^ 重量軽減は剛性強度とトレードオフの関係にもあり、日本国内の運用で飛行時間の割に離着陸回数の多い全日空のトライスターでは、各ドア(開口の大きな貨物扉や乗降扉を初め、格納部なども)の四隅に応力による疲労が見られ、退役時までに何重もの補強パッチが当てられていた。機体表面側のパッチは小さいながらも乱流をもたらし、空気抵抗が増える要因ともなる。
  7. ^ ウィスパーライナー、“Whisper”は「囁く」の意。
  8. ^ Direct Lift Control、略して「DLC」。
  9. ^ 客席窓では無く、非常口の窓のみに回転偏光窓を装備した例はMD-11などにある。また、カーテンやブラインドを使用せずに透過光量の調整を行う方式については、その後、電子カーテンによる方式がボーイング787で採用されている。
  10. ^ ファーストクラス24席・エコノミークラス222席の合計246席。
  11. ^ 一方、ライバル機であるDC-10は、その多くが貨物専用機に改修され、今も多くの機体が飛行している点でも明暗が分かれている。
  12. ^ 機体全損といった重大事故につながるトラブルは発生していないが、1974年にRB211-22Bの設計ミスに起因する潤滑油漏れが連続して発生。うち9件は飛行中にエンジン停止を引き起こし、なかでも9月1日・9月4日には全日空機がエンジン2基停止により羽田空港へ緊急着陸する事態が連続して発生している。

出典

  1. ^ a b c イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.116
  2. ^ a b c d e f g h i イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.49
  3. ^ a b イカロス出版『旅客機型式シリーズ3 ジャンボジェット Boeing747classic』p.41
  4. ^ a b c d e イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.50
  5. ^ a b イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.46
  6. ^ a b c d e f g イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.52
  7. ^ a b c イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.51
  8. ^ a b c d e イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.54
  9. ^ a b c イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.142
  10. ^ 運航機材の歴史|企業情報|ANA
  11. ^ 但し、ANAは初期型で航続距離の短い-1しか購入していないが、国内線、および短距離国際線しか運航していなかったことが幸いし、短い航続距離が問題になることはなかった。
  12. ^ トライスターが運航当時、特に地方空港は滑走路長が2500m以上の空港は少なく、駐機場などもトライスターやB747のようなワイドボディ機の受け入れ体制が不十分な場所も少なくなかった。
  13. ^ 機体の大きさもあり、狭小空港への発着は難しかった。そのため、晩年期は伊丹福岡のような伊丹ベースの発着である「第二の幹線」に割り当てられることもあった。
  14. ^ B767(-200/-300)は座席数の面で、トライスターに劣っていた。トリプルセブンは、スーパージャンボやテクノジャンボに引き続いて座席2クラス制(スーパーシート/普通席)が採用されたが、2クラス制でありながらもトライスターの座席数(普通席のみ)を上回っていた。
  15. ^ 滑走路長が2000m弱でも運用可能なため、トライスターやB747などの三発機以上の発着は難しいが、トリプルセブンは発着できる空港も一部だが有った(例:富山空港)。
  16. ^ a b c d e f g h i j イカロス出版『月刊エアライン臨時増刊 航空旅行ハンドブック国内線版 '83-84』p.108
  17. ^ a b c イカロス出版『月刊エアライン臨時増刊 航空旅行ハンドブック国内線版 '83-84』p.110
  18. ^ 『月刊エアライン』2002年3月号 p.43
  19. ^ a b 『月刊エアライン』2002年3月号 p.36
  20. ^ 『月刊エアライン』2002年3月号 p.34
  21. ^ 日本航空オフィシャルサイト内航空実用事典「スポイラー」
  22. ^ a b イカロス出版『月刊エアライン臨時増刊 航空旅行ハンドブック国内線版 '83-84』p.109
  23. ^ a b c イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.76
  24. ^ ヴィンテージ飛行機の世界 2009, p. 154
  25. ^ a b c d e f g イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.78
  26. ^ イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.80
  27. ^ イカロス出版『月刊エアライン臨時増刊 エアライナーハンドブック '86』p.42
  28. ^ イカロス出版『旅客機型式シリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p.81
  29. ^ TriStar”. Royal Air Force. 2011年4月7日閲覧。
  30. ^ 古庄, p. [要ページ番号]
  31. ^ 9L-LFB Air Rum Lockheed L-1011-385-1 TriStar 1” (英語). Planespotters.net (2015年4月29日). 2019年12月20日閲覧。
  32. ^ Rainbow Gallery”. www.rainbow-island.jp. 2020年9月21日閲覧。
  33. ^ この4機は再び国内線仕様に戻ったが、英文ロゴは最後まで落とされなかった。
  34. ^ キャセイパシフィック航空 Lockheed L-1011 TriStar VR-HOK 啓徳空港 航空フォト | by Yossy96さん 撮影1995年09月20日”. FlyTeam(フライチーム). 2020年9月20日閲覧。
  35. ^ 2020/07/03 2020/07/07. “【1/500】全日空商事 モデルプレーン 発売当時の価格一覧表”. マニアな航空資料館. 2020年9月20日閲覧。
  36. ^ a b ra86093 (2019年4月21日). “韓国で見られた元キャセイのトライスター”. HSJ Aviation. 2020年9月20日閲覧。
  37. ^ “미식가들을 위한 味路찾기 제안 [グルメのための味の道探しを提案]” (朝鮮語). (2006年12月21日). https://n.news.naver.com/mnews/article/082/0000118059?sid=102 2023年9月12日閲覧。 
  38. ^ MASSA COFFEE 수성비행기점 Cafe at Daegu” (英語). VYMaps. 2023年9月12日閲覧。
  39. ^ “외식업계 새로운 강자, 사계절 디저트 식품... '핫' 빙수 [外食業界の新たな強者、四季折々のデザート食品··· 「ホット」かき氷]” (朝鮮語). (2014年8月2日). https://n.news.naver.com/mnews/article/088/0000353948?sid=004 2023年9月12日閲覧。 
  40. ^ “[대구] 비행기카페서 화재... "화장실 환풍기서 불길 솟아" [[大邱] 飛行機カフェで火災··· 「トイレの換気扇から火が出る」]” (朝鮮語). (2016年3月22日). https://www.newscj.com/news/articleView.html?idxno=339696 2023年9月12日閲覧。 
  41. ^ ra86093のツイート(1254338275470225409)
  42. ^ “VR-HOI | Lockheed L-1011-1 Tristar | Private | KIM MINCHAN” (英語). (2021年3月6日). https://www.jetphotos.com/photo/10082803 2023年9月12日閲覧。 






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