第5、第6の哨戒 1943年2月 - 5月とは? わかりやすく解説

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第5、第6の哨戒 1943年2月 - 5月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/10 21:09 UTC 版)

プランジャー (SS-179)」の記事における「第5、第6の哨戒 1943年2月 - 5月」の解説

2月16日プランジャー5回目哨戒マーシャル諸島方面向かった2月27日プランジャージャルート環礁西方給油艦石廊撃破3月12日には北緯0715東経15845分 / 北緯7.250度 東経158.750度 / 7.250; 158.750のポンペイ島南方海域で、ナウル島への給水任務終えてポンペイ島に向け帰投中の特設給水船大寶山丸(三井船舶、1,804トンに対して魚雷を4本発射し、1本を大寶山丸の左舷命中させて撃沈した3月27日プランジャー29日間の行動終えて真珠湾帰投した。 4月23日プランジャー6回目哨戒マーシャル諸島およびマリアナ諸島方面向かった5月8日プランジャートラック諸島から横浜に向かう第4508船団発見する船団中の特設給兵船武丸(辰馬汽船、7,068トン)が低質炭を搭載したがために速力出ずプランジャーは第4508船団容易に追跡し攻撃することが出来た。翌9日未明2時11分頃、プランジャー特設水上機母艦國川丸川崎汽船、6,863トンに対して魚雷発射して2本命中させるも、いずれも不発であった午後に入って國川丸向けて魚雷再度発射し國川丸船底魚雷が1本命中したものの、またもや不発だった。第4508船団は偽航路など策を弄して北上続けるが、次第速力優る國川丸および陸軍特殊船摩耶山丸三井船舶、9,433トン)と、低速の辰武丸およびそれに付き添う特設運送船畿内丸大阪商船、8,357トン)は離れてゆく。5月10日4時ごろ、プランジャー北緯14度29東経14900分 / 北緯14.483度 東経149.000度 / 14.483; 149.000のサイパン島東方海域畿内丸魚雷命中させ、航行不能陥らせる。約3時間半後、畿内丸救助のため接近した武丸に対して魚雷3本発射し、1本が船体後部命中して武丸轟沈した。正午過ぎ、プランジャー再度畿内丸魚雷命中させ、畿内丸船橋前部には亀裂走って沈没危機増した。やがて火災発生した畿内丸放棄されプランジャーは翌11日朝に浮上し未だ浮いていた畿内丸に3インチ砲と20ミリ機銃撃ち込んで止め刺した畿内丸沈没確認したプランジャーは、第4508船団への複数回の攻撃魚雷使い切ったため、哨戒終了してミッドウェー島針路向けた5月22日プランジャー29日間の行動終えて真珠湾帰投した。

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