摩耶山丸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/26 12:22 UTC 版)
摩耶山丸(まやさんまる)は、日本陸軍が三井物産船舶部の名義で1942年(昭和17年)に竣工させた揚陸艦。上陸用舟艇の母艦機能を有し、陸軍特種船と呼ばれた。太平洋戦争では後方での部隊輸送に使用された。1944年(昭和19年)にヒ81船団の1隻としてフィリピンへ向かう途中、アメリカ海軍潜水艦の攻撃で撃沈され、乗船中の第23師団の将兵ら3000人以上が戦死した。
注釈
- ^ 商船として実際に運航する意図があったかについては、所有船会社の関係者の立ち入りすら規制されていたことから、疑問視する見方がある[5]。
- ^ 『船舶輸送間に於ける遭難部隊資料(陸軍)』による乗船部隊の人的損害の詳細は以下の通り。第23師団関係が、師団司令部335人・歩兵第72連隊第2大隊587人・歩兵第64連隊第1大隊240人・野砲兵第17連隊221人・工兵第23連隊第1中隊66人・歩兵通信隊110人・師団通信隊10人。その他、特設水上勤務第137中隊42人・陸軍兵器学校8人・南方軍補充員740人・南方軍見習士官19人・第118独立整備隊27人・屏東陸軍航空廠108人・徴用船員27人・第1船舶輸送司令部基隆支部1人。ほかにも828人の所属部隊の記載があるが印刷不鮮明[14]。
出典
- ^ a b c d e f 三井造船株式会社『三十五年史』三井造船、1953年、100頁。
- ^ a b c d e f 野間(2002年)、438-439頁。
- ^ a b c d e f g 岩重(2009年)、101頁。
- ^ 野間(2002年)、330-331頁。
- ^ a b c d e f 岩重(2009年)、10-11頁。
- ^ a b c JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C14020235600、特殊船摩耶山丸図面(防衛省防衛研究所)
- ^ 岩重(2009年)、102頁。
- ^ 岩重(2009年)、9頁。
- ^ Cressman (1999) , p. 338.
- ^ Cressman (1999) , p. 511.
- ^ a b 駒宮(1987年)、292-293頁。
- ^ Cressman (1999) , p. 579.
- ^ 『船舶輸送間に於ける遭難部隊資料(陸軍)』
- ^ 陸軍運輸部残務整理部 『船舶輸送間に於ける遭難部隊資料(陸軍)』 アジア歴史資料センター(JACAR) Ref.C08050112600、画像18枚目。
- ^ a b 大内健二 『商船戦記―世界の戦時商船23の戦い』 光人社〈光人社NF文庫〉、2004年、339頁。
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