ピティナ・ピアノ作曲家事典 |
矢代 秋雄
![]() | 東京生まれ。父が西洋美術史家という文化的環境のもと、10歳より諸井三郎に、14歳より橋本國彦に作曲に学ぶ。東京音楽学校(現東京芸大)では、同窓の黛敏郎と共に、池内友次郎、伊福部昭に師事。その後51年よりフランス政府給費留学生としてパリ音楽院に留学し、メシアン等に学ぶ。音楽院的な「統一のとれた完璧なスタイルときめの細かい仕上げ」を身につけた後、56年に帰国。記録映画や演劇にも関わる一方、東京芸大にて教鞭をとり、野田暉行、池辺晋一郎、北爪道夫など優秀な作曲家を育てた。76年、40代半ばで急逝。前衛よりも古典的音楽を好み、1曲1曲の完成度を徹底的に高める作曲姿勢は、寡作ながらも長く愛される作品を生み出した。作品に、ピアノ・ソナタ(61)、ピアノ協奏曲(67)など。(須藤英子 2007/07) |
ピアノ独奏曲
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ピアノ ソナタ/Piano Sonate /1961
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ピアノのためのソナチネ/ /1945
ピアノのための24のプレリュード/ /1945 ピアノのためのノクチュルヌ/ /1947 荒武者の踊り/ /1949 夢の舟/ /1960 独奏ピアノのためのカデンツァ/ /1962 ピアノソロ/ |
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おすまし/ /1963
いたずら/ /1963 むかしばなし/ /1972 じゃんけんとび/ /1972 |
| ピアノ連弾のための古典組曲/ (1 piano 4 hands)/1951
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| ピアノ協奏曲/ /1947
ピアノ協奏曲/ /1967 |
映画監督・出演者情報 |
ウィキペディア |
矢代秋雄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/27 15:56 UTC 版)
矢代 秋雄(やしろ あきお、1929年9月10日 - 1976年4月9日)は日本の作曲家。若い頃より英才として将来を期待され、東京音楽学校作曲科、東京藝術大学研究科を卒業した後、パリ国立高等音楽院に留学。和声法で一等賞を得る等、優秀な成績を修めて卒業。晩年は、作曲家として活動する一方、東京藝術大学音楽学部作曲科の主任教授として、後進の指導にあたった。門下より、池辺晋一郎など現在の日本を代表する作曲家を輩出している。完璧主義、寡作主義で知られ、残された作品はどれも完成度が高く、再演も多い。
固有名詞の分類
| 日本の作曲家 |
小櫻秀樹 安倍圭子 矢代秋雄 大島ミチル 若草恵 |
| 近現代の作曲家 |
ヴャチェスラフ・ナゴヴィツィン パウル・フォン・クレーナウ 矢代秋雄 ピーター・メニン コリン・マクフィー |
| 近現代音楽の作曲家 |
チャールズ・ウォリネン バーナード・ハーマン 矢代秋雄 フレデリック・ジェフスキー ミカエル・レヴィナス |
| 日本のクラシック音楽の作曲家 |
生仏 小櫻秀樹 矢代秋雄 淵脇了公 中村滋延 |
| 東京芸術大学の教員 |
浅井忠 橋本雅邦 矢代秋雄 川上洋司 筒井武文 |
