松江城とは?

辞典・百科事典の検索サービス - Weblio辞書

初めての方へ

参加元一覧


用語解説|基本情報|地図|動画|本・雑誌|文献|商品|全文検索

三省堂 大辞林

三省堂三省堂

まつえ-じょう ―じやう 【松江城】

1611年出雲隠岐(おき)国主堀尾吉晴宍道湖(しんじこ)畔に築いた平山城38年松平直政家康の孫)が出雲に封ぜられてから維新に至るまで、雲州松平氏居城であった。


国指定文化財等データベース

文化庁文化庁

松江城

名称: 松江城
ふりがな まつえじょう
種別 史跡
種別2:
都道府県 島根県
市区町村 松江市殿町
管理団体 松江市(昭9・811)
指定年月日 1934.05.01(昭和9.05.01)
指定基準 史2
特別指定年月日
追加指定年月日 平成3.04.03
解説文: 松江市西北部ニアリ慶長年間堀尾吉晴築城ニ係リ亀田山ヲ最高点トセル平山城ナリ城構ハ本丸丸三丸ヲ備ヘ本丸ニハ五層ノ天守閣ヲ存シ石壘、濠等旧形ヲ存スル處尠カラズ山陰地方ニ於ケル近世城郭トシテ代表的ノモノナリ


ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

松江城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/21 09:08 UTC 版)

logo
松江城
島根県
天守
天守
通称 千鳥城
城郭構造 輪郭連郭複合式平山城
天守構造 複合式望楼型 4重5階地下1階(木造 1607年築 現存)
築城主 堀尾忠氏
築城年 1611年(慶長16年)
主な改修者 京極忠高
主な城主 堀尾氏、京極氏、松平氏
廃城年 1871年(明治4年)
遺構 現存天守、石垣、堀
指定文化財 国の重要文化財(天守)、国の史跡
再建造物 櫓・門・橋
位置 北緯35度28分30.42秒
東経133度3分2.69秒
代表紋章:六つ目結
天守妻側
本丸一ノ門正面
南櫓

松江城(まつえじょう)は、島根県松江市殿町にある平山城。別名・千鳥城。天守が現存し、国の重要文化財に指定されている。城跡は国の史跡に指定されている。

目次

概要

城は松江市街の北部に位置し、南に流れる大橋川を外堀とする輪郭連郭複合式平山城である。宍道湖北側湖畔の亀田山に築かれ、日本三大湖城の一つでもある。なお、城の周りを囲む堀川は宍道湖とつながっており薄い塩水(汽水域)である。

構造は、本丸を中心に据え、東に中郭、北に北出丸、西に後郭、東から南にかけ外郭、西から南にかけ二の丸が囲む。二の丸の南には一段低く三の丸が配されている。

江戸時代には松江藩の藩庁として、出雲地方の政治経済の中心となったが、明治時代初頭に廃城令によって存城処分(陸軍省所管)となったため、天守以外の建物はすべて払い下げられ撤去された。城跡は現在、松江城山公園として利用され、また、江戸時代初期建造の天守を有する城跡であり、天守は山陰地方の現存例としては唯一である。天守からは宍道湖を眺望できる。天守内部には松江市街のミニチュア模型が展示されている。 現在、指定管理者制度に則り、特定非営利活動法人松江ツーリズム研究会が運営をしている。ほか、桜の名所として日本さくら名所100選に選ばれている。

歴史・沿革

前史

築城

近現代

  • 1871年(明治4年) 廃藩置県により、廃城となる。
  • 1873年(明治6年) 廃城令が公布され、天守を除く建造物は4円から5円(当時の価格)で払い下げられすべて撤去された。天守も180円で売却されることとなったが、出雲郡の豪農の勝部本右衛門や元藩士の高木権八が同額の金を国に納めるかたちで買い戻され、保存されることとなる[1][2]
  • 1889年(明治22年) 当時の島根県知事、籠手田安定によって「松江城天守閣景観維持会」が組織される。
  • 1934年(昭和9年) 国の史跡に指定される。
  • 1935年(昭和10年) 天守が国宝保存法に基づく国宝(旧国宝。現行法の重要文化財に相当)に指定される。
  • 1950年(昭和25年) 文化財保護法の施行に伴い、天守は重要文化財に指定される[3]
  • 1960年(昭和35年) 本丸一ノ門と南多聞の一部を復元。
  • 1994年(平成6年) 三の丸と二の丸を結ぶ廊下門(千鳥橋)と二の丸下段の北惣門橋(旧眼鏡橋)を復元。
  • 2000年(平成12年) 二の丸南櫓と塀(40メートル)を復元。
  • 2001年(平成13年) 二の丸に中櫓・太鼓櫓と塀(87メートル)を復元。
  • 2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(64番)に選定され、2007年(平成19年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリーが開始された。

天守

天守は外観4重内部5階地下の穴倉1階、天守の南に地下1階を持つ平屋の付櫓を付ける。外観は重箱造の二重櫓の上に3階建ての櫓を載せたようなもので3重目の南北面に入母屋屋根の出窓をつけている。意匠は下見板張りで桃山文化様式である。1・2階平面は東西12間に南北10間あり、高さは、本丸地上より約30メートル(天守台上よりは22.4メートル)ある。2階に1階屋根を貫くかたちで開口した石落が8箇所あることを特徴としている。地下の井戸は城郭建築では唯一の現存例である。最上階は内部に取り込まれた廻縁高欄があり、雨戸を取り付けている。




[ヘルプ]
  1. ^ 松江城ホームページ「松江城の歴史」
  2. ^ 学習研究社編『【決定版】図説 国宝の城』学習研究社 2010年
  3. ^ 格下げではなく、旧法(国宝保存法)の廃止と新法(文化財保護法)の施行に伴うものである。
  4. ^ 新人物往来社編『CG復元 よみがえる天守』新人物往来社 2001年
  5. ^ 川口素生「名城伝説事典」新人物往来社編『別冊歴史読本 24 日本の名城総覧』新人物往来社 1999年
  6. ^ 松江城大手門復元資料を募集します


「松江城」の続きの解説一覧




固有名詞の分類



松江城に関連した本


松江城に関係した商品


松江城のページへのリンク
「松江城」の関連用語
松江城のお隣キーワード
モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/
» モバイルで「松江城」を見る
_ _   


松江城のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2012 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
文化庁文化庁
Copyright (c) 1997-2012 The Agency for Cultural Affairs, All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの松江城 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2012 Weblio RSS