戯作者としてとは? わかりやすく解説

戯作者として

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/23 02:19 UTC 版)

栗杖亭鬼卵」の記事における「戯作者として」の解説

1803年享和3年)、紳士録である『東海道人物志』を上梓した。この本は、東海道宿駅ごとに、居住している学者文人などの名が掲載されており、舎、播磨屋須原屋といった三都書林から出版された。 その後1807年文化4年)に読本である『蟹猿奇談』を上梓した。以降読本執筆励み、計22編を出版したさらには作品歌舞伎として舞台化され、三都上演されるなど、戯作者として知られるようになった1807年文化4年)に発表された『新編復讐陽炎之巻』、1811年文化8年)に発表された『長柄長者黄鳥墳』、1811年文化8年)から1821年文政4年)にかけて発表された『勇婦全伝絵本更科草紙』などが代表作として知られている。 なお、戯作者としての活動傍ら日坂宿にて寺子屋開き近隣の子供らの教育尽力した寺子屋指導受けた者の中から、のちに遠江国報徳社創設する岡田佐平治らを輩出した。なお、日坂宿での生活については、佐野郡下俣庄屋務め大庭代助らが支援していた。 また、日坂宿にて迎えた後妻を、文政元年亡くしている。晩年近隣長松院にて参禅し、仏卵号するようになった1823年4月4日文政6年2月23日)に死去したが、墓所長松院置かれている。

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