宇和島藩御庭番
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時代を下って、昭和40年11月4日発行「新編 児島惟謙」の著者吉田繁の祖々父にあたる、吉田萬助源虎一は幕末から明治維新の風雲に狂奔した時代の英才であり、坂本龍馬、西郷隆盛と並ぶ歴史上欠かすことのできない人物である。尚、宇和島藩御庭番同士には児島惟謙、土居通夫がおり、井関盛艮、松尾臣善、初代駐仏大使の桜田大助、須藤南翠等は旧宇和島藩士である。宇和島藩御庭番に関して言えば、宇和島藩中でも教養があり武術に勝れ忍耐強く且つ意志堅固な藩士で組織されており、剣術では田宮流十代を継いだ田都味嘉門成英の門下に入り、無辺無極流槍術、中島流火術、関口流柔術、山鹿流軍学等を習得している。剣技に優れた逸材として吉田虎一(代々の御庭番)児島惟謙(後に護法の神と謳われ、心影流の祖である愛洲惟孝の伝を受け継ぐ系統は惟の字を用いて居り、剣術は師範免許)浦和盛三郎、山崎惣六(第一回宇和島町長)等有能な剣士を出している。
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