児島惟謙とは? わかりやすく解説

こじま‐いけん〔‐ヰケン〕【児島惟謙】

読み方:こじまいけん

[1837〜1908]明治時代裁判官愛媛生まれ大審院長大津事件際し政府介入抗して司法権の独立守った。のち、貴族院議員衆議院議員

児島惟謙の画像

児島惟謙 こじま いけん

児島惟謙の肖像 その1
児島惟謙の肖像 その2

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)

児島惟謙

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/25 04:11 UTC 版)

児島 惟謙(こじま これかた[1][2][3] / こじま いけん[4][5]天保8年2月1日1837年3月7日〉- 1908年明治41年〉7月1日[6])は、日本裁判官政治家


  1. ^ 児島惟謙 愛媛県生涯学習センター
  2. ^ 関連人物 「宇和島市 明治150年記念」公式サイト
  3. ^ 楠精一郎 『児島惟謙(こじまこれかた) 大津事件と明治ナショナリズム』 中公新書
  4. ^ 児島惟謙 | 近代日本人の肖像 国立国会図書館
  5. ^ 児島惟謙』 - コトバンク
  6. ^ 『官報』第7506号、明治41年7月4日、p.94『官報』第7507号、明治41年7月6日、p.137
  7. ^ 松久敬記「緒方酒造」『日本醸造協会誌』第84巻第4号、日本醸造協会、1989年、246-246頁、doi:10.6013/jbrewsocjapan1988.84.246 
  8. ^ 『三百藩家臣人名事典』451頁。
  9. ^ 「通天閣: 第七代大阪商業会議所会頭・土居通夫の生涯」P24
  10. ^ 古川純「大津事件 児島惟謙と「司法権の独立」」(法学教室121号28頁)・29頁など。
  11. ^ 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)12頁
  12. ^ 『義和団戦争と明治国家』 小林一美 1986 p398
  13. ^ 西園寺亀次郎『人事興信録』第8版 [昭和3(1928)年7月]
  14. ^ 辰馬利一『人事興信録』第4版 [大正4(1915)年1月]
  15. ^ 小松弘隆『人事興信録』初版 [明治36(1903)年4月]
  16. ^ 『官報』第1003号「叙任及辞令」1886年11月1日。
  17. ^ 『官報』第2209号「叙任及辞令」1890年11月8日。
  18. ^ a b 『官報』第7505号「叙任及辞令」1908年7月3日。
  19. ^ 『官報』第1929号「叙任及辞令」1889年12月2日。
  20. ^ 「新訂・内海村誌」
  21. ^ 『人物叢書 児島惟謙』 157-166頁
  22. ^ 関西大学編『関西大学創立五十年史』関西大学、1936年、p.7


「児島惟謙」の続きの解説一覧



児島惟謙と同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「児島惟謙」の関連用語

児島惟謙のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



児島惟謙のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
国立国会図書館国立国会図書館
Copyright (C) 2024 National Diet Library, Japan. All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの児島惟謙 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS