ウィキペディア |
国鉄485系電車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/05 19:23 UTC 版)
(485系 から転送)
485系電車(485けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した交流直流両用特急形電車である。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
- ^ 一部車両の座席はキハ58系ジョイフルトレイン「らくだ号」に転用された。
- ^ 「つばさ」盛岡編成から独立させ別愛称への変更。
- ^ JR東日本のジョイフルトレイン改造車には485形・484形の付随車も登場している。
- ^ 1968年の「カネミ油症事件」をきっかけに1972年の生産・使用の中止等の行政指導を経て、1974年に製造および輸入が原則禁止された。
- ^ MM'ユニット62 - 96、クハ481-105 - 126、サハ481-14、サロ481-36 - 51、サシ481-29 - 39が該当。
- ^ 九州地区配置車両は、後に配属される500・600番台の各1両ずつを除き全て省略されている。
- ^ 後に101もボンネットに移設。
- ^ 123・124は書類上は向日町配置のまま1973年2月まで青森に長期貸し出しという経歴がある。
- ^ スカートはクリーム1色が正式であるが、109は60Hz用赤スカート塗装で落成。1972年5月青森運転所に配置され、同年9月には向日町に転属した。
- ^ 101は仙台から向日町に転属する間に書類上のみではあるが1985年3月14日 - 3月22日の9日間だけ勝田電車区に所属した珍しい経歴を持つ。
- ^ クハ481-227・305・318・321 - 323・343・クハ489-303・703と交換。
- ^ 改造後の車両は、16がクハ183-851として福知山運転所電車センターで現存。
- ^ 車両側には装置及び汚物タンクが設置されたものの、当時は地上側の処理施設の整備が遅れていたため、地上設備が完成するまでは配管をタンクに接続せず、流し管を別に設けてそのまま線路上に汚物を垂れ流す方法がとられた。
- ^ 国鉄時代唯一の正面貫通路使用例。
- ^ 冬期は屈指の豪雪地帯である奥羽本線は列車が遅延することも多く、分割・併合運用では他列車への影響も問題視されたためとも言われている。
- ^ JR東日本承継車は民営化直前に向日町から上沼垂へ転属した258・260・261の3両のみであり、このグループは転属が多く新製から同一基地所属のまま廃車になったのは253のみである。
- ^ クハ481-204は分割民営化直前の1987年2月にクロハ481-214へ改造され、JR西日本に承継。1990年6月にはクロハ183-801へ再改造され、その後も福知山運転所(現・福知山電車区)のB41編成に組み込まれている。本車は踏切事故復旧時に前面貫通扉を埋込んでいるが、スカートには電気連結器装着時代の痕跡が確認できる。
- ^ 分割民営化後に西日本・九州所属車の一部に電気連結器・自動解結装置を装着した車両が登場した。
- ^ 4両が1990年にモハ182形800番台に改造。
- ^ 1975年製で「つばさ」485系化名義で製造。仕様変更は当初から1000番台改造を前提にしたものである。
- ^ この2両は向日町から1986年に青森へ転属。1988年3月に「たざわ」の多客期増結用として南秋田運転所に再転属。1989年3月に勝田電車区に再々転属し「ひたち」で運用と常に動きを共にした。
- ^ 投入理由は、13両編成による限定運用のため。方向幕は札幌配置前提の物が搭載されていたために前面側面共に「白鳥」関係のコマがなく、ステッカーで対応。
- ^ 当初は7月1日からの予定であったが、労使紛争の縺れによるストライキのために18日からの運転と変更になった。
- ^ 当初はノンストップ急行「さちかぜ」の愛称を引き継ぐ予定だったが、増収対策の格上げを避けるため「いしかり」に変更された。
- ^ 車両故障が発生した際にED76形500番台やDD51形による牽引を行うための交換
- ^ 次駅までの短い時間で凍結したため、停車駅では、駅員がドアに大型のやかんで湯をかけ溶かしていた。
- ^ 後年、改造で方向転換を行った車両もある。
- ^ これは将来のモノクラス化を想定したものであった。
- ^ ヨハン・シュトラウス2世「美しく青きドナウ」、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」、アントニオ・ヴィヴァルディ「春」、フェリックス・メンデルスゾーン「春の歌」など。
- ^ 青森での改造は中間車のMM'ユニットのみで最終の塗装行程は土崎工場で行っている。
- ^ このためクロハ481-3021・クハ481-3005が組み込まれたA8編成は、「つがる」運用限定で「白鳥」には投入されない。
- ^ 1971年7月、本来の使用目的である「白山」運転開始の8か月前に11両編成2本が向日町運転所に配置された。夏期臨時列車への充当目的もあったため向日町所の485系と共通の編成で落成し、定期運用にも組込まれ九州地区での運転も確認されている。さらに、EF63形との協調運転テストを行い年末にはスキー臨時列車である「あさま銀嶺」で実戦投入のリハーサルとも言うべき横軽区間での営業運転が行われた。翌1972年に3編成がサハ489形組込の12両編成で落成したが、先行2編成分のサハ追加新製は1両のみで不足分はサハ481形から2両の改造が予定された。しかも、改造は「白山」運転開始から8か月経った1972年11月であり、また同年の10月 - 11月に200番台3編成が落成するもののサハ489形の新造車は翌1973年3月の金沢運転所に初めて新製配置された2編成の追加までなかった。つまり、編成数に対応したサハ489形は常に1 - 2両足りない状態であり、7月にサハを2両製造して辻褄が合うことになった。これには向日町の485系も車両不足気味で、11両編成の489系も共通予備車として運用が組み込まれていたこともあり、金沢への転属が概ね1973年9月までに完了した後も1編成だけ残された。最後の編成が金沢に転属したのは、純増備の485系(クハ481形300番台の初落成車)が向日町に配属されるを受けた後の1974年4月であった。
- ^ うち4両は181系・485系からの改造車
- ^ 1974年から1976年頃にかけてクハ489-503のスカートが本来のクリーム4号ではなく、クハ181形同様グレーに塗られていた時期がある。
- ^ 初期車は解放テコ部分を切り欠いた連結器カバーを装着して落成しており、製造直後や21世紀になってからのリバイバルトレインでも装着されて運用された実績がある。
- ^ 種車は全車汽車製造が製造。
- ^ 展望の為シートのヘッドレスト部分が小型化されるなど、以後のJR西日本における特急電車のパノラマ型展望車の基礎となった。
- ^ 1050番台車は車販準備室、1000番台車は乗務員室の位置にある
- ^ 181系時代はサボ受が存置された以外は、サロ481・489形1000番台と外観上の大きな違いない。
- ^ この時点でまだサボ受が残る車両もあった。
- ^ 横軽区間用KE64形ジャンパ連結器も残存。
- ^ 大きな表示幕の為、巻上げ時に時々引っかかる欠点もあった。
- ^ JR化後「ひたち」で運用されていた勝田配置車両が、イベントで展示された際に表示された事がある。
- ^ 後に「ゴールデンエクスプレスアストル」や「シュプール&リゾート」でもこの機能が発揮された。
- ^ 前面のみが片渡りで、後部側は従来からの両渡りのままのため、併結運転は不可能になるが方向転換は可能である。
- ^ 2009年4月現在での現存車は、新潟車両センターT17編成のクハ481-332のみ。
- ^ ユニットを組成していたモハ484形は廃車。
- ^ 303には種車の車販準備室が残っていた。
- ^ 600番台・700番台・751も金沢総合車両所で改造。
- ^ これは189系のサロ189形でMGとCP双方を装備する100番台の他、0番台についてもCPを装備することにフィードパックされている。
- ^ クロハ481-1014より復元
- ^ クロハ481-1013より復元
- ^ どちらもクハ481形は481系時代に向日町運転所と483系時代に仙台運転所に新製配置された車両で、電動車も1972年製造の青森→勝田と同じ経歴を持つユニットで組成された。
- ^ 名鉄パノラマカーや小田急ロマンスカーのような完全な2階建てではない。
- ^ 2005年に廃車されたクハ481-17から移植。
- ^ ただし夏期繁忙期の7月19日 - 9月24日までは増発用早期落成MM'ユニットを仙台方クハ481形の次位に組込み11両編成での運転を実施。
- ^ ただし1往復は583系を充当
- ^ キハ80系の広域転配の関係から9月27日に実施。
- ^ 下関 - 門司間はEF30形交直流電気機関車、門司 - 博多間はED73形交流電気機関車で牽引、電源車としてサヤ420形を連結して車内電源を確保していた。
- ^ 書類上は南福岡電車区に配置されたものの同所では使用されず秋田運転区に転属している。
- ^ 撤去形態は碍子のみ残す物や完全撤去など様々であった。
- ^ 先頭部同士での連結ができないこともあり回送経路は複雑な動きを要求された。
- ^ 20・22・24も3両は1982年に仙台から九州地区に一旦転属しており、再び東日本エリアに出戻る形となった。
- ^ 自社保有の気動車で「きのくに」に連結して乗り入れを行っていた南海電気鉄道は、置き換え用に本系列の購入を検討していることが1982年に全国紙の関西版で報じられたが、結局実現せずに乗り入れを取りやめた。
- ^ その後全車が他区所へ転出か、交流機器を撤去または使用停止にして183系電車に改造されたために485系としての配置は既にない。
- ^ 本系列はすべてアスベストを使用しており、JR東日本は未撤去車両を全廃した。
- ^ 秋田支社管内(主に奥羽本線)で臨時快速に投入されるケースもあった。また2007年2月12日には青森車両センター所属車が不足したため、秋田から回送し臨時特急「つがる」2往復に充当された。
- ^ 高尾 - 安房鴨川の運転のため充当期間中は幕張車両センターに貸し出し名義となる。なお、2008年以降は幕張所属の183系や松本車両センター所属のE257系0番台が投入されている。
- ^ この際に「あいづライナー」は同センターの583系で運行されている。2008年以降も夏期に臨時特急「あいづ」として投入されている。
- ^ 2010年12月4日の東北新幹線八戸 - 新青森間延伸開業に伴うダイヤ改正以前は「いなほ」運用で青森まで運用されていたが、秋田 - 青森間の昼行特急列車を「つがる」に統一したため秋田までの運用となった。
- ^ 2004年10月27日 - 11月28日には10月23日に発生した新潟県中越地震の影響で上越新幹線越後湯沢 - 新潟間が不通になり、長野新幹線への乗り継ぎを図るため新潟から越後線・信越本線経由の臨時快速列車に充当され特急「みのり」廃止以来久々に長野まで運用された。
- ^ ただし、側面の車両番号はステンレス切抜き文字ではなく、白色のステッカー貼付による。
- ^ 「ムーンライトえちご」は首都圏配置の183系に移管となり主に大宮総合車両センター常駐で幕張車両センター所属のマリ31・32編成が投入される。
- ^ 「ムーンライトえちご」が定期運行されていた時期は首都圏側停泊中に車両故障が発生すると、予備車を新潟から回送させるかあるいは運休させるしかなかった。2007年2月2日下り「ムーンライトえちご」に充当予定のT18編成が大宮総合車両センター車両検査科東大宮センターから回送中に車両故障を起こした際には、急遽同センターのOM102編成(183系1000番台)を投入し代走させた。なお、この編成はモノクラスのため本来グリーン車利用客に対してグリーン料金の払戻しとグレードアップ車である3号車の同番号席に、3号車の指定券を持っていた乗客は1号車の同番号席への振替が行われた。
- ^ 1991年には、非電化の鹿島臨海鉄道大洗までディーゼル機関車牽引で乗り入れる夏季臨時特急「ビーチイン大洗ひたち」の運転が計画されたが、同年5月14日に発生した信楽高原鐵道列車衝突事故により、「不測の事態への対応がしにくい」等の理由により、数度の試運転を実施したのみで、営業運転は実施されなかった。
- ^ ビバあいづ投入前は、勝田所属であったため出戻り転属でもある
- ^ 青森車両センター所属車の回送ルートは青森 - (奥羽本線)- 秋田 - (羽越本線) - 新津 - (信越本線) - 宮内 - (上越線) - 高崎 - (高崎線) - 大宮 - (東北本線) - 田端信号場 - (田端貨物線) - 三河島 - (常磐線) - 馬橋 - (武蔵野貨物支線) - 南流山 - (武蔵野線) - 武蔵浦和 - (武蔵野貨物支線) - 与野 - (東北本線) - 郡山となる経路をとる。これは東北本線青森 - 盛岡間を青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道経由とすると線路使用料が発生するためで倍以上の回り道となっても費用削減が可能なため。また、入出場の際は同センター所属の双頭型両用連結器を装備したEF81 134・136・139・141のいずれかに牽引される無動力回送となっている。これは青森車がATS-P形を搭載していないためで、田端信号場駅を経由するのは方転・機回しの手間を省くためである。
- ^ 183系200・700・800番台への改造車は福知山電車区に配置され、特急網「北近畿ビッグXネットワーク」で運用されている。
- ^ 金沢総合車両所からの転入車もある。
- ^ 3号車 - 4号車に増結したため、グリーン車は4号車→6号車に変更。
- ^ 定期運用は9月20日にA08編成のクハ481-120が、臨時運用では同月20・21日の「懐かしの雷鳥」投入のクハ481-101・103・サロ481形3両を組込んだ11両編成が最終運行。
- ^ 編成組替当初はA02・A05 - A07・A09・A10編成。
- ^ 運転開始時は4・13・17・34・47・48号に充当。
- ^ 編成組替当初はA01・A03・A04・A08編成。
- ^ 「かもめ」5両、「みどり」「ハウステンボス」はそれぞれ4両。
- ^ 2011年3月改正までは783系も同様に13両編成を組んでいた。
- ^ 「きりしま&ひゅうが塗装」が登場する12月までは暫定措置として一切のレタリングなどを隠して運行。
- ^ ただし、787系の転属措置と運用の都合から改正当日の一部列車は鹿児島総合車両所の本系列5両編成で運転された。
- ^ Dk10編成は大分のDo21編成からMM'ユニット2組を外した編成。クハ481-213は現在クハで唯一のRED EXPRESS色。
- ^ Dk12編成は2006年9月17日に発生したJR日豊本線脱線転覆事故により被災したが、同年12月に復旧したクロハ481-4と大分車両センターの波動用MM'ユニットを組込み運用に復帰した。
- ^ ボンネットの一部を欠き取りビデオカメラを設置して「シミュレーター用映像撮影車」としてJR東日本管内各地を走行。中央本線・篠ノ井線入線に際し屋根上前灯の撤去をし189系に連結されての走行となった。- 出展元:『鉄道ファン』交友社 1990年2月号(№346)p108
- ^ 北陸トンネルでの防災対策のため583系としては営業列車で唯一の先頭貫通路使用例。
- ^ 本州復帰時に標準品のDT32E・TR69H形に交換
- ^ ドア挟み防止センサー内蔵
- ^ 増結用MM'ユニットの数組は転属または廃車予定である。 - 出展元:『レイルマガジン』2011年2月号より。
- ^ 「485系R27編成の「はくたかエンブレム」が消える」交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース 2011年6月21日
- ^ このため車両検査時に横軽対策車を示す車号表示前に付く「●」マークを省略した車両も存在する。
- ^ 但し食堂車時代の食堂部分
- ^ サシ481形時代の調理室車端部寄りの一角。
- ^ サシ481形時代の業務用扉から車内に向かって左側
- ^ ただしクハ481形200番台と同様に貫通幌を外付けで取付けることは可能だが、この場合は必然的に貫通幌が剥き出しの状態となるもののこのケースでの営業運転実績は無い。
- ^ 後に日光・きぬがわ用へ転用改造することを前提としていたため。
- ^ "485系Dk9編成が国鉄色に”. 交友社 railf.jp (2010年8月8日). 2010年8月9日閲覧。
- ^ 504 - 506の食堂定員は当初40名であったが、後に他車同様の28名に変更。
- ^ “つがる”51号に「かもしか」色の485系 - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp 2010年12月13日
- ^ “485系「あかべぇ」編成が国鉄特急色に”. 交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース (2011年6月3日). 2011年6月6日閲覧。
- ^ “快速“あいづライナー”,485系国鉄色編成で運転開始”. 交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース (2011年6月5日). 2011年6月6日閲覧。
- ^ 「“ムーンライトえちご”,183系で運転」交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース 2010年3月20日
- ^ 新車両が4日運行開始 JR・東武直通特急 記念品プレゼントも - 下野新聞 2011年5月26日
- ^ 253系1000番代 〈日光〉〈きぬがわ〉への導入延期 - ネコ・パブリッシング『鉄道ホビダス』最新鉄道情報、2011年3月24日
- ^ JR・東武直通特急 ゴールデンウィーク期間中は定期列車のみ運転 - ネコ・パブリッシング『鉄道ホビダス』最新鉄道情報 2011年4月13日
- ^ 『JR電車編成表』2012冬 ジェー・アール・アール 交通新聞社 2011年 p.137 ISBN 9784330256115
- ^ 『JR電車編成表』2012冬 ジェー・アール・アール 交通新聞社 2011年 p.358 ISBN 9784330256115
- ^ 『鉄道ピクトリアル 2011年4月号』 電汽車研究会、2011年、p.74。
- ^ “485系もとA07編成,183系となり福知山へ”. 交友社 railf.jp (2009年10月18日). 2010年3月11日閲覧。
- ^ “もと“雷鳥”用485系が“北近畿”用183系に”. 交友社 railf.jp (2009年12月14日). 2010年3月11日閲覧。
- ^ 『JR電車編成表 2010夏』 ジェー・アール・アール、交通新聞社、2010年、p.182。ISBN 9784330143101。
- ^ 『Rail Magazine』327号(2010年12月号)、ネコ・パブリッシング
- ^ JR九州H23ダイヤ改正プレスリリース 2010年12月17日 (PDF)
- ^ 485系国鉄色5連が“にちりん”で小倉へ - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp 2010年12月30日
[続きの解説]
「国鉄485系電車」の続きの解説一覧
- 1 国鉄485系電車とは
- 2 国鉄485系電車の概要
- 3 運用実績
- 4 その他のエピソード
- 5 参考文献
- 6 関連項目
固有名詞の分類
| 東日本旅客鉄道の電車 |
国鉄417系電車 四季彩 国鉄485系電車 JR東日本215系電車 国鉄113系電車 |
| 西日本旅客鉄道の電車 |
国鉄583系電車 JR西日本521系電車 国鉄485系電車 JR西日本281系電車 JR西日本321系電車 |
| 九州旅客鉄道の電車 |
国鉄72系電車 JR九州883系電車 国鉄485系電車 国鉄413系・717系電車 国鉄103系電車 |
| 北海道旅客鉄道の電車 |
国鉄711系電車 JR北海道731系電車 国鉄583系電車 国鉄485系電車 JR北海道735系電車 |
国鉄485系電車のページへのリンク