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国鉄711系電車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/15 14:26 UTC 版)
国鉄711系電車(こくてつ711けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が1967年(昭和42年)に設計・開発した、日本初の量産交流近郊形電車。
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- ^ 国鉄初の交流専用電車は試作車のクモヤ790形(改造車)、クモヤ791形(新造車)である。
- ^ 主回路を構成する機器を1両の電動車にすべて搭載する電装方式で、101系電車が2両単位のMM'ユニット方式で製造されるまでは標準の方式であった。
- ^ キハ27 - 56形の客室窓と同寸である。
- ^ 同様に、床の厚さが窓の高さに影響している例は、キハ22形でも見られる。
- ^ 本系列の計画時に室蘭本線の沼ノ端 - 岩見沢間の電化計画があり、運用中に編成の向きが変わっても幌を付替えずに編成同士を併結可能とするための仕様である。
- ^ 北海道向けの特急形とキロ26形グリーン車を除く気動車は、冬季の保温のためと、解けた雪で濡れた際の滑りにくさや、靴底の滑り止め金具による損傷を考慮し、床表面材に木材を使用していた。
- ^ 弱界磁制御は供給電圧が固定である直流車でさらなる回転数の上昇を得るためのものであり、任意の電圧を供給できる交流専用車では、弱界磁よりも電圧を上げる方が制御が簡単に行え、高速域のトルクが落ちない利点がある。
- ^ 他にはクモユ141形の例があるが、国鉄新性能電車以降では稀有な例である。
- ^ 初期の新幹線0系電車の起動加速度とほぼ同じ。急曲線がなく、平坦な線形で、駅間距離も比較的長いという、投入区間の条件を考慮した上での決定であり、蒸気機関車牽引列車も混在する中、それほどの高加速度を要求されなかった当時としては、十分な性能であった。最高速度の110km/hは、国鉄近郊形電車として後に117系が並ぶまで最速であり、後述する高速性能としてはおおむね485系並みを達成していた。
- ^ 第3次量産車の100番台 (101 - ) ではトイレ・洗面所を設けず、水タンクは装備しない。
- ^ 貴賓車クロ157形と同一の構造である。
- ^ 雪噛みやすきま風を防ぐため下段は固定され、上段のみが下方に開く構造であった。また、二重窓とは異なり、冬季の結露は避けられなかった。
- ^ 運転台は一部機器を撤去したのみで、そのまま存置された。
- ^ 運用終了にあたり、901編成は新造当時の塗装を復元して運行された。クモハ711形は中間車化されて以降、正面のクリーム色が省略されていたが、これは廃車後に追加塗装されている。
- ^ 各々の編成に組成されていたクハ711形100番台の2両は、他編成のクハ711形置き換えに充てられた。
- ^ 100番台は初期の試作車や基本番台 - 50番台と組成すると方向幕が使用できないため、白幕のままサボ受けが付く特異な外観となった。
- ^ 後に同線に投入された485系電車の歯車比は3.50の特急形電車標準仕様で、編成出力は4M2Tで1920kWであったが、これを使用した特急「いしかり」のノンストップ便は、歯車比4.21、2M4Tで1200kWの本系列を使用したノンストップ急行「さちかぜ」に比べ、運転時分を1 - 2分短縮するに留まった。
- ^ 気動車「かむい」はその後も残り、1988年(昭和63年)3月13日、「そらち」に統合される形で廃止された。
- ^ 北旭川貨物駅に隣接する。
- ^ 2003年の宗谷本線の電化完成当初も同線を走行していたが、その後2010年10月に旭川駅が高架開業するまでは当日の最終列車到着・翌日の始発まで、同駅2番ホームに滞泊していた。
- ^ Standardから。
- ^ 711系では編成番号表示用としていた。
[続きの解説]
「国鉄711系電車」の続きの解説一覧
- 1 国鉄711系電車とは
- 2 国鉄711系電車の概要
- 3 製作年次別詳説
- 4 運用の変遷
- 5 参考文献
固有名詞の分類
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