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国鉄583系電車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/26 06:11 UTC 版)
(583系 から転送)
国鉄583系電車(こくてつ583けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した動力分散方式の寝台電車。
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- ^ 日本の鉄道は、幹線でも軌道が弱い区間やカーブが少なくなく、機関車牽引による高速運転は難しかった。そこで速度向上を図れる電車方式の方が有利だった。
- ^ 車両の保守や留置を行うための検修設備や留置線が不足しており、できるだけ無駄な時間を省いて、回転率を上げるほうがよかった。
- ^ 昼行用の電車と夜行用の客車を両方保有することは、製造コストやメンテナンスコストの点からも不利で、共通化が可能なら進める方が良かった。
- ^ このため、当初の設計案ではナハネ10形を基本とし、昼行列車運用を考慮して座席に肘掛けを設けるなどの改良を施すという方向で検討されていた。
- ^ プルマン式開放形1等寝台(現・開放形A寝台)を指す。当時の1等寝台は3等級時代の流れからA・B・Cの3クラスに区分されており、プルマン式開放形は1等寝台Bクラスに該当していたため「Bロネ」と通称されていた。
- ^ 設計検討時の定員は45名。当時の特急用寝台車ナハネ20の定員は54名。
- ^ 2等寝台を基本にしたものと、中段の収納方式が異なる2種類のプルマン式開放形1等寝台を3段化した、計3種類のモックアップにより比較検討が行われた。
- ^ 1968年10月1日ダイヤ改正以前は110km/h。
- ^ そのため、昼夜ともに運用列車での食堂営業が休止されてからも、1985年(昭和60年)までサシ581形を編成中に連ねた形で運転せざるを得なかった。
- ^ a b c d e f 『鉄道ファン』2003年12月号 No.512「特集:月光形 その顔の世界」
- ^ 原則として昼行列車は黄緑色、夜行列車は黄色の文字で愛称名を表示していた。ローマ字表記は昼行・夜行ともに赤文字である。
- ^ 自動巻取式行先表示器の採用は本系列が初めてではないが、実際に使用を開始したのは本系列が初めてである。
- ^ 183系と381系は当初より、また485・489系では1972年(昭和47年)度のマイナーチェンジ形(クハ481形200番台・クハ489形200・600番台)より本系列をベースにした貫通型先頭車が登場した。
- ^ この非貫通型先頭車のデザインはアレンジを加え、781系・キハ183系さらには事業用車(443系・193系など)にまで波及した。
- ^ 9両からMM'ユニット+サロ481形を抜いた編成。
- ^ 10両からサロネ・サロ581形を抜いた編成。
- ^ 1993年度 - 1996年度に運転
- ^ 9両からMM'ユニットを抜いた編成。
- ^ 10両からサロネ581とMnM'nユニットを抜いた編成。
- ^ 1997年度に運転
- ^ 1999年度 - 2003年度に運転
- ^ 583系寝台電車座席<>寝台転換作業(団体列車「犬吠号」)_HD - YouTube
- ^ 大阪発の臨時「日本海」では酒田付近で寝台から座席に組替えるために係員が乗車し乗客の目の前で作業を行ったが、慣れない作業ということもあり、非常に効率が悪く予定していた秋田到着までに全座席の転換ができないケースも多発した。
- ^ 本系列を充当する定期夜行列車については、22時頃出発して翌朝8時頃到着する列車、やむを得ず薄暮出発とする場合には早朝に終着駅に到着する列車、反対に朝遅く終着となる場合には深夜に出発する列車に優先的にな充当を行っていた。愛称を同じくする姉妹列車では、走行中の寝台セットまたは解体が必要な列車には、20系などの客車を使用していた。
- ^ このため、客車2等寝台とは料金に格差が付けられ(設定当初の料金は電車2等寝台上中段1100円、下段1300円。客車2等寝台上段800円、中段900円、下段1000円)、その引き換えの形で2等寝台としては初めて浴衣がサービスされることとなった。ただし提供されるリネンは中上段と同一の70cm幅のものである。
- ^ ちなみに80系の1等車(並ロ)のボックスシートのシートピッチは1,910mmであり、単純に数値だけ見れば581・583系普通席はこれを凌いでいる。
- ^ 食堂車での採用は1966年・サシ181形100番台→1967年・キシ80 37→581系の順である。
- ^ 後年一般的なカーテンに交換された車両も存在する。
- ^ サロ581形のみは、旅客が座ったままで操作できるように、ハンドルが窓下に移されている。
- ^ 他車とのイメージ統一およびカーテンが食卓に支障するのを防ぐため、食堂車のサシ581形も回転式ブラインドとしている。
- ^ 1969年に親会社の川崎重工業へ合併、2001年に社内カンパニー化され川崎重工業車両カンパニーとなった。
- ^ 絶縁油にPCB(ポリ塩化ビフェニル)を使用していたため1972年以降製造中止となり、代替絶縁油にシリコン油を使用した互換性のあるTM20形が開発され、1977年(昭和52年)度より交換された。
- ^ その後同区間においては、定期列車に比べて居住性が劣ることも考慮して、最繁忙期に運賃・料金の合計が比較的低廉となる急行として運転されるのみである。
- ^ 黒磯駅は全列車に停車を要求する地上切換方式を採用していたが、新たに同駅通過列車が設定されたために構内配線を一部変更し車上切換方式とし、信号と電源切換が連動している関係上搭載が必要になった。詳細は列車選別装置#黒磯駅通過列車用も参照
- ^ 当時は青函連絡船を介して鉄道利用の渡道客も多く、その中で富裕層を中心に1等車の需要も強かった。
- ^ 「(下段は)リクライニングシートを改造して水平になるようにし、側壁から仕切を引き出して個室になるようにして、上段は天井に格納したものを降ろす方法だったと思う」[1]
- ^ クハネ583形では第1エンドの点検蓋は空気圧縮機点検用である。
- ^ 車両需給の関係上、この時期に製造された車両には同一製造ロットであってもクハネ583形のみ青森、中間車は南福岡配置という事例がある。このため、該当編成ではメーカーで落成後一旦青森に立ち寄って、クハネ583形をクハネ581形と置き換えて南福岡に配給される措置が採られた。
- ^ この4両は、東北地区用各種装備ならびに耐雪耐寒構造(後に全車に施工)は準備工事とされた。このためタイフォンにはシャッターがなくスリット形状で落成している。
- ^ 『名列車列伝シリーズ3 特急はつかり&形式583系』、イカロス出版、1998年、p.106、ISBN 4-87149-134-X
- ^ a b 『名列車列伝シリーズ3 特急はつかり&形式583系』、イカロス出版、1998年、p.117、ISBN 4-87149-134-X
- ^ 使用例は臨時の「雷鳥」での運用がある程度。
- ^ 『名列車列伝シリーズ3 特急はつかり&形式583系』、イカロス出版、1998年、pp.113 - 116、ISBN 4-87149-134-X
- ^ 1971年に大井工場で「旅客車のサービス業務省力化研究」の一環としていくつか試作された中に本系列上段・中段寝台の自動回転または垂直設置による収納も試作されたが不採用となった。本採用になった物として14系客車寝台の自動設置装置がある。
- ^ モハネ581・583が各45名。オハネ25が34名。二段化改造後のオハネ24が32名。
- ^ 新京阪鉄道デイ100形電車:自重52t、参宮急行電鉄デ2200形電車(半鋼製車体):自重48t未満、阪和電気鉄道モタ300形・モヨ100形電車:自重:47t - 48.56t
- ^ 1980年代までの日豊本線は高速化に伴う路盤強化などされておらず、883系・885系が登場するのはJR化以降の1990年代である。とくに輸送量の落ちる大分以南ではそれが顕著であった。
- ^ 当初はサハネ581形の予備車なしのため6月25日付けで青森新製配置となったサハネ581-13の11月20日付け転入を含む。
- ^ これが後にJR東日本に継承されたクハネ583形が先に廃車となってしまうのに対し、JR西日本に継承されたクハネ581形の方が後まで多く残るという所謂“逆転現象”の要因である。
- ^ このような「同一区所・同系列および編成内容での編成分離運用」は、現在でも885系・783系・681系などで行われている。なお、耐寒耐雪装備の必要がない夏期については限定が解除された。
- ^ 1972年川崎重工製造の最終ロッド(クハネ583-29・30・モハネ583・582-104 - 106・サハネ581-56・57・サロ581-35・サシ581-35)からサハネ581-56を日本車輌製造の最終ロッドであるモハネ583・582-103と差し換え、東北地区用13両編成を組成した。このうちモハネ583・582-106(本系列のラストナンバーでもある)は2011年現在もJR東日本秋田車両センターに在籍している。
- ^ 当時の本系列運用には余裕があったため「金星」充当編成は、昼間は名古屋滞留となった。
- ^ 後に耐寒耐雪工事は限定運用をなくすため、徐々に他の車両にも体質強化も兼ねて行なわれるようになった。
- ^ 既電化区間でありながら、多数残存していた客車や気動車による普通列車を置き換える目的があった。
- ^ 具体例としては向日町運転所近くの山陰本線二条駅などで、これは後年に同時代の山陰本線をゲーム化した電車でGO!でも再現された
- ^ そのため列車番号は9001M・9002Mとされた。
- ^ 日暮里 - 岩沼で東北本線経由を前提した利用客の誤乗が相次いだため、後に「常磐はつかり」の列車名に変更された。
- ^ 耐寒耐雪構造準備工事のままであった事から、同年末までに編成全車に耐寒耐雪工事が施工された。
- ^ 急行列車の末端部分で普通列車もしくは快速列車になる運用は存在したが、全区間普通列車での運用はこれのみである。
- ^ 「津軽」は交流区間だけでもED75形0・1000番台・ED78形もしくはEF71形・ED75形700番台と3種の牽引機を必要とし、これを奥羽本線経由から仙山線経由に変更すると途中で進行方向を変える手間も生じたためである。
- ^ これは保留車(廃車前の車両はこう呼ばれている)扱いすることで全般検査までの使用期間を最大限延長するための処置であった。
- ^ これにより旧国鉄特急色のサロ581形は消滅。
- ^ 秋田〜ディズニー間の寝台列車が一時運休 今秋に再開 - 朝日新聞 asahi.com アサヒ・コム鉄道 2011年1月27日
- ^ 大館鳳鳴高校応援列車運転 - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp 鉄道ニュース 2011年3月25日
- ^ 秋田車両センターの583系が長野へ - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp 鉄道ニュース 2011年9月22日
- ^ 交通新聞社「JR電車編成表 2012冬」
- ^ a b c イカロス出版 季刊「j train」2011年冬(vol.44)
- ^ 甲子園口駅が7両編成までの対応のためにサロネ581形とモハネ1ユニットが抜かれた7両編成で運転された。
- ^ 1998 - 1999年に「シュプール野沢・苗場」で北越急行ほくほく線乗入れするため。
- ^ クハ481形100番台の廃車発生品を流用
- ^ 乗入れ先のJR東日本信越本線宮内 - 新潟間対応のため
- ^ 後の787系「つばめ」と同区間。
- ^ 一部は現在の「にちりんシーガイア」に相当。
- ^ 運転開始時の「金星」は名古屋 - 熊本間運転の「つばめ」と共通運用であった。後に「つばめ」が岡山発着となり名古屋までの運転がなくなると、代わりに富山までの「しらさぎ」1往復に充当されることになった。その際に必要車両数について耐寒耐雪工事を施工している。
- ^ 定期運用ではない。
- ^ 485系の代走。
- ^ 同時に修復工事が行われたクハ481-603(←クロ481-5)や、同じ日立製作所製である885系などとともに公開された。
[続きの解説]
「国鉄583系電車」の続きの解説一覧
- 1 国鉄583系電車とは
- 2 国鉄583系電車の概要
- 3 事故廃車
- 4 使用列車
- 5 参考文献
- 6 関連項目
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