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北京市

北京市概要
ローマ字表記 Beijing 北京市
略称 京 Jing
位置 華北平原北端位置し、東は天津市隣接し、残り部分河北省隣接している
面積 16,808平方キロメートル
気候 暖温帯湿潤気候地域に属し、春と秋が短く、冬と夏が長い

年間平均気温13度で、最も寒い1月平均気温は3.7度、最も暑い7月平均気温は25.2度。
人口 約1,456.4万人。(2003年末)
市内区域 10区東城区西城区宣武区崇文区朝陽区海淀区石景山区豊台区門頭溝区房山区
郊外地区 8県:大興県通県順義県平谷県密雲県延慶県昌平県
概要 中華人民共和国首都直轄市一つ中央人民政府中国共産党中央など主要国家機関はすべてここにおかれている。

北京市内には潮白河永定河、北運河拒馬河などの河がある。
観光スポット 現在の観光スポット266個所

その内、万里の長城故宮天壇天安門頤和園雍和宮明十三陵北海公園、白塔寺長安寺霊光寺三山庵、大悲寺龍王堂、香界寺、寶珠洞、証果寺、碧雲寺、臥仏寺、香山公園などが有名。
歴史 北京歴史中国春秋戦国時代(B.C.403年-B.C.221年)まで遡ることができる。燕国の都がここに決められ、燕京と呼ばれたことがあるので、そこから京と言う略称ができた。

その後、金、元、明、清の約800年間、都がおかれた。金では「金都」、元では「大都」、明は初め北平」と称したが1403年に「北京」と命名し現在に至っている。はすべてここにして中国統治してきた。

北京都市構造基本的に完成したのは元代で、『胡同』はモンゴル語で『井戸』という意味。

1949年10月1日新中国成立首都北京にした。


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北京市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/31 14:56 UTC 版)

中華人民共和国 北京市
上から、天安門、鳥の巣、天壇、北京商務中心区
上から、天安門鳥の巣天壇北京商務中心区
簡称:
別称:燕京、北平
旧称:燕京、中都、大都、北平
中華人民共和国中の北京市の位置
中華人民共和国中の北京市の位置
中心座標 北緯39度54分20秒 東経116度23分29秒 / 北緯39.90556度 東経116.39139度 / 39.90556; 116.39139
簡体字 北京
繁体字 北京
Bĕijīng
カタカナ転記 ベイジン
国家 中華人民共和国
行政級別 直轄市
成立 紀元前473年
市委書記 劉淇(党中央政治局委員、元冶金工業相)
市長 郭金龍(前安徽省委書記、元チベット自治区委書記)
面積
- 総面積 16,801.25 km²
- 市区 735 km²
海抜 43.5 m
人口
- 戸籍人口(2007) 1213.3 万人
- 常住人口(2007) 1633.0 万人
- 常住人口密度 971.95 人/km²
- 市区人口(2008) 849.5 万人
経済
- GDP(2010) 13777.9億元
- 一人あたりGDP 68788元
電話番号 010
郵便番号 100000 - 102600
ナンバープレート 京A, C, E, F, H, J, K, L
京B (タクシー)
京G (郊外)
京O (警察、当局)
京V (軍本部、中央政府)
行政区画代碼 110000
市樹 側柏、エンジュ
市花 月季、
2005年のHDIは 0.882。
公式ウェブサイト http://www.beijing.gov.cn/

北京市(ペキンし、中国語:北京市、英語:Beijing)は、中華人民共和国首都であり、政治の中心地ある。

行政区画としては直轄市であり、中国の華北の中央に位置する。中国では上海に次ぐ第2の都市。世界有数のメガシティであり、世界第2の経済大国の首都として影響力の高い世界都市でもある。古くは大都燕京北平とも呼ばれた。

目次

北京の読み方

日本では一般的に「ペキン」と読む。このペキンという読みは中国南部の方言の唐音に由来する歴史的な読み方である。1906年制定の郵政式アルファベット表記でもPekingと表記された。

中国の共通語である普通話では、Zh-Beijing.ogg Bĕijīngヘルプ / リンクと発音し、カタカナに転記すると「ベイジン」や「ベイチン」に近い発音となっている。英語ではアルファベットでBeijingと表記し、「ベイジン」と発音している[1]国連や北京市の公式サイトにおいても、Beijingを英語の名称として採用している[2][3][4]。ただ以前は英語圏でもPekingという表記を多用していたこともあり、北京大学を英語でPeking Universityと表記するなど[5]、その名残を残している。中国南部方言と欧米各国における読み方も様々であるので、以下に紹介する。

  • Bak Ging(広東語) -バッギン
  • Beijing() - ベイジン (主に過去の表記としてPeking - ピーキン)
  • Pekín(西) - ペキン
  • Pékin() - ペカン
  • Peking() - ペキン
  • Pechino() - ペキーノ

江戸時代の書物(江原某『長崎虫眼鏡』など)では、「北京」のふりがなは「ほつきん(発音はホッキン)」となっている。幸田露伴の小説「運命」では読みを「ほくけい」としている。これは学術に広く用いられる漢音である。唐音の「ペキン」は江戸時代以来用いられる。諸橋轍次「大漢和辞典」では「ほくけい」「ぺきん」の二つの読みを併記している。

歴史

天寧寺塔は遼代に建てられ、の末期の戦火による天寧寺焼失を免れた塔。
中国地名の変遷
建置 古代
使用状況 北京市
春秋
戦国 燕京
薊県
広陽郡
前漢 燕国
広陽郡
燕国
広陽郡
広陽国
後漢 上谷郡
広陽郡
三国 燕国
西晋 燕国
東晋十六国 燕郡
南北朝 燕郡
幽州
涿郡
幽州
幽都県
幽州
五代 幽州
北宋/ 薊北県
幽都府
南京
燕京
析津府
析津県
宛平県
南宋/ 中都
大興府
大興県
大都
大都路
北平府
順天府
北京
順天府
北京
中華民国 京兆地方
北平特別市
北平市
現代 北京市

春秋戦国時代にはの首都で(けい)と称された。国都の洛陽からは遠く離れ、常に北方の匈奴などの遊牧民族の侵入による被害を受ける辺境であった。漢代には北平(ほくへい)と称されるが、満州開発が進み、高句麗など周辺国の勢力が強大となると戦略上、また交易上の重要な拠点として重視されるようになった。北京市に隣接する、河北省涿郡(たくぐん)は三国志の英雄劉備の故郷で知られるとともに煬帝が築いた大運河の北の起点とされている。

唐末五代の騒乱期には、内モンゴルから南下してきた遼朝後晋に対し軍事支援を行った代償に北京地方を含む燕雲十六州が後晋から割譲された。遼はこの都市を副都の一つ南京と定め、その後金朝が遼を滅ぼし支配権を獲得すると北京に都城を定め中都とし、更にモンゴル帝国元朝)が金を滅ぼすと大都として元朝の都城とされた。

朱元璋が元を北方に駆逐し明朝が成立すると、名称を北平に戻し、都城は南京に定められたが、燕王に封じられ北京を拠点とした朱棣(後の永楽帝)は、1402年建文帝に対し軍事攻撃を行い政権を奪取、皇帝に即位した後北京遷都を実行し地名を北京に改めた。辛亥革命後も中華民国は北京を首都と定めたが、南京を首都と定めた蒋介石を中心とする国民政府は、1928年6月15日に直隷省を河北省、北京を北平(ほくへい、ベイピンBěipíng)と改称した。1937年から1945年まで続いた日本軍占領期は北京の名称が用いられ(公式には1940年に改名)、日本の敗戦によって再び北平に改称された。

1949年10月1日中華人民共和国成立により新中国の首都とされた北京は再び北京と改称され現在に至っている。しかし中華人民共和国の存在を承認せず、大陸地区への統治権を主張する中華民国(台湾)では現在でも公式名称として「北平」の名称が用いられている。




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