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歴史民俗用語辞典

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下総国

読み方:シモウサノクニ(shimousanokuni)

旧国名。現在の千葉県北部茨城県一部

別名 総の国(ふさのくに)



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下総国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/03 15:24 UTC 版)

令制国一覧 > 東海道 > 下総国
-下総国
-東海道

下総国(しもうさのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。東海道に位置する。別称は上総国とあわせて、または単独で総州(そうしゅう)。特に下総国のみを指して北総(ほくそう)と呼ばれることもある。領域は現在の千葉県北部・茨城県南西部・埼玉県の東辺・東京都の東辺(隅田川の東岸)にあたる。『延喜式』での格は大国遠国




  1. ^ 徳川家康の入府当初、結城秀康結城城で11万石余を領していたが、1600年慶長5年)の関ヶ原の戦い後に秀康が越前北庄に転封されて一旦廃藩となったのち、元禄年間に再置されてからの結城藩主はいずれも1〜2万石規模である。
  2. ^ 埼玉県は既に武蔵国葛飾郡の北半部を管下に置いている。
  3. ^ 埼玉県に編入された下総国葛飾郡は中葛飾郡となったのち、武蔵国葛飾郡北半を以て編成された北葛飾郡に編入された。これは下総国であった区域が武蔵国に編入されたことになるので、通常、埼玉県は全域が武蔵国であったとして扱われる。
  4. ^ 須田茂著、『房総諸藩録』、崙書房出版、1985年3月10日


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