しもうさ‐だいち〔しもふさ‐〕【下総台地】
下総台地
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/09 15:18 UTC 版)
下総台地(しもうさだいち)は、千葉県北部一帯にかかる台地。江戸川開削によって切り離されているが一部を埼玉県東端に跨る。旧下総国の台地であり北総台地とも呼ばれるが、場合により旧上総国の台地部分を含むこともある[注 1][注 2]。
注釈
- ^ 例えば、房総丘陵の地質が特徴的であり、テーマが房総丘陵の場合地質的にそれに含まれないということで、旧上総国の台地を含めて一括りにし下総台地と呼ばれることがある。しかし旧上総国の台地の部分をテーマにする場合、共通の要素があまり無いので一括りにした呼び方ではなく、市原台地、袖ヶ浦台地、木更津台地のように個々の呼び方をする(参考:姉崎地域の地質 - 地質調査総合センター)。
- ^ なお、東側の大網白里市から山武市にかけての台地の地層は上総層群最上位の金剛地層であり、地質的には下総台地ではなく房総丘陵に含まれる。
- ^ 旧上総国の台地を含む広義の下総台地には君津市の小糸川北岸など100メートルを超えるところもあり、下総層群の上に関東ローム層が堆積した侵食を受け難い地質であるのに対し、房総丘陵の笠森層が透水性が悪いため下刻が進み、丘陵より台地の方が標高が高いといういわゆる「地形の逆転」が生じている(『日本の地形 4 関東・伊豆小笠原』東京大学出版会、2000年、ISBN 4-13-064714-8、152頁)。
- ^ 江戸時代初期には庄内牧があったが、享保期に廃止されたため小金五牧には数えない。野田付近で北総台地が低く、他の牧より農業用水を得やすかったと考えられる。
出典
- ^ 埼玉県. “地形と歴史” (日本語). 埼玉県. 2019年8月1日閲覧。
- ^ a b 「房総の牧と開墾」『千葉県の歴史散歩』山川出版社、ISBN 4-634-24612-0 、87頁。
- ^ a b 津田沼・船橋. “このまちアーカイブス” (日本語). 三井トラスト不動産. 2021年4月30日閲覧。
- ^ 豊四季と十余二. “かしわの記憶 歴史・文化財” (日本語). 柏市. 2021年4月30日閲覧。
- ^ 牧の歴史. “下総の牧と成田国際空港” (日本語). 千葉県教育委員会. 2021年4月30日閲覧。
- ^ 下総牧のその後. “電子資料室” (日本語). 野田市立図書館. 2021年4月30日閲覧。
- ^ UR都市機構ウェブサイト 千葉NTビジネスねっとより Archived 2010年12月10日, at the Wayback Machine.
- ^ “ゆれにくい街 鎌ケ谷|鎌ケ谷市ホームページ”. www.city.kamagaya.chiba.jp. 2019年5月27日閲覧。
- ^ “グーグル進出 IT企業誘致の呼び水に 千葉県・印西市が期待” (日本語). 日本経済新聞 電子版. 2019年8月1日閲覧。
下総台地と同じ種類の言葉
- 下総台地のページへのリンク