リチャード・ギブズ(第2代ラクソール男爵)
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第2代ラクソール男爵ジョージ・リチャード・ロウリー・ギブズ(英: George Richard Lawley Gibbs, 2nd Baron Wraxall、1928年5月16日 - 2001年7月19日)は、英国の貴族である。普段はリチャードと呼ばれていた。 リチャードは、1931年10月28日に、わずか3歳で父のラクソール男爵位を継承した。母は先述のアーシュラ・メアリー・ロウリーであり、リチャードの名付け親は当時の王妃メアリー・オブ・テックが務めた。またイートン・カレッジに進んだ後は、サンドハースト王立陸軍士官学校を経てコールドストリームガーズ (The Coldstream Guards) に仕官し、8年間北アフリカで任務に当たった。さらに地元の義勇農騎兵団(英語版)の任務も務めている。 1988年には邸宅のティンツフィールドで誘拐に遭い、自身の保有するBMWのトランクに7時間余り閉じ込められた。『タイムズ』紙によると、リチャード自身は「やれやれ、思っていたよりもトランクには空間があったよ」("Good grief, there's more room in the back than I ever thought") と漏らしたという[要出典]。誘拐犯たちはリチャードと庭園で出くわし、1人が彼の頭を板で殴りつけ、全員で彼の金庫と家の鍵を求めた。しかし防犯アラームが作動して誘拐犯たちはパニックに陥り、リチャードを車のトランクに入れて2マイル (3.2 km)ほど離れた森林に車を乗り捨てたという。その後誘拐犯たちはリチャードの財布とクレジットカードを盗んでいった。 リチャードは未婚のまま、2001年7月に73歳で亡くなった。邸宅に1人でいたところに、喘息発作を起こして亡くなったと考えられている。男爵位は弟のユースタスが継いだ。 またリチャードの死を受けて、ギブズ家の邸宅だったティンツフィールドは、ナショナル・トラストへ売却されている。 イギリスの爵位先代:ジョージ・エイブラハム・ギブズ ラクソール男爵Baron Wraxall1931–2001 次代:ユースタス・ヒューバート・バイルビー・ギブズ
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