スイス学生会館とは? わかりやすく解説

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スイス学生会館

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/17 03:29 UTC 版)

ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」の記事における「スイス学生会館」の解説

スイス学生会館 (Pavillon suisse à la Cité internationale, Paris, 1930) は、1930年から1933年にかけてパリ国際大学都市建てられスイス学生向けの学生寮である。スイス大学当局がこの学生寮ル・コルビュジエピエール・ジャンヌレ依頼した背景には、1927年国際連盟本部建設に関するコンペで、不透明な過程経てル・コルビュジエ落選となったことを埋め合わせる意図があったともいわれる学生会館には南側学生個室がならぶ住居棟がある。それはピロティによって持ち上げられ透明な直方体という点ではサヴォア邸似ているが、その太く重々しいものになっている点で異なっている。当初サヴォア邸のような細いが並ぶ予定だったが、設計変更され現在のようになったこうした存在は、後年ユニテ・ダビタシオンにつながる萌芽的なものとい指摘もある。住居棟大きなガラス窓並び、「透明な箱」であることを示すが、サヴォア邸との違い個室奥行きである。広大な敷地に1軒だけ建てたサヴォア邸違い学生会館個室相対的に狭く奥行きも浅い。結果として広く開けた窓が眩しさ対す苦情つながり窓ガラスブラインド改修が行われた。 もうひとつ特色が、会議室食堂を含む共用部分1階にある石壁存在である。その重厚さ大地どっしり根を下ろしたのような印象与え住居棟が持つ空中に浮かぶ透明な箱という印象とは対照的である。こうした異質な要素併置中にサヴォア邸到達した要素後年ロンシャンの礼拝堂具現化する要素萌芽とが並存しているという見解もある。 2009年推薦時には集合住宅」に分類されていた。

※この「スイス学生会館」の解説は、「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」の解説の一部です。
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