エピソード・来日ほか
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 07:34 UTC 版)
「クロード・レヴィ=ストロース」の記事における「エピソード・来日ほか」の解説
レヴィ=ストロース(Lévi-Strauss)が姓である。ジーンズのブランドリーバイスの創始者リーヴァイ・ストラウス(Straussが姓)と似ているので、時折、関係があると誤解されることがあり、実際にリーバイス社が日本で紹介され始めた際には「レヴィ・ストロース社」とされることがあった。本人も、合衆国に出張した際、カリフォルニアのレストランで名前を告げると「pants or books?(ズボン、それとも本?)」と尋ねられたと語っている。 1955年に代表作『悲しき熱帯』を刊行し、センセーショナルに評価受容された際、ゴンクール賞を選定するアカデミー・ゴンクール(英語版)から、小説でないために『悲しき熱帯』を受賞作にできないのは、非常に残念だという旨のコミュニケが発表された。なおアカデミー・フランセーズ選出者は、賞を返上するという慣行があるらしく、仮にレヴィ=ストロースが受賞した場合、この慣行が行われていた可能性がある。 1973年にエラスムス賞を受賞。同年アカデミー・フランセーズ正会員に選ばれた。 1977年10月から11月、1986年4月の他に数度来日し、講演・シンポジウムや日本の学者らとの交流を行っている。日本文化を高く評価する親日家であり、1993年春の外国人叙勲で勲二等旭日重光章が授与されている。 1993年4月14-15日、NHK「ETV特集」で、弟子の川田順造によるロング・インタビュー「第1回 自然・人間・構造」、「第2回 日本への眼差し」を放映。のち白水社でビデオ化(別冊付)されたが絶版、未DVD。 2008年11月28日に100歳の誕生日を迎え、フランスでは記念行事が行われ、また政府はフランスで活動する人文社会科学者を対象とする「レヴィ=ストロース賞」の創設を発表。 2009年10月30日深夜にフランス東部リニュロール村の別荘で死去した。遺言により親族による密葬を経て、11月3日に代理人でもある出版社が公表した。最後の様子は、川田順造『文化を交叉させる 人類学者の眼』(青土社、2010年5月、序文レヴィ=ストロース)の著者あとがきに詳しい。なお『レヴィ=ストロース論集成』(青土社、2017年4月)がある。 フランス語圏での伝記にドニ・ベルトレ『レヴィ=ストロース伝』(藤野邦夫訳、講談社、2011年)、また入門書にカトリーヌ・クレマン『レヴィ=ストロース』(塚本昌則訳、白水社<文庫クセジュ>、2014年)がある。
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