鎌倉 文化

鎌倉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/28 04:57 UTC 版)

文化

武家による社会の仕組みや文化は「武家の古都・鎌倉」から広がり、日本人の価値観や行動様式に大きな影響を与えてきた。これらの精神的文化的遺産は、政治・経済・宗教など様々な分野において、武家政権消滅後も日本人のよりどころとして多くのものが現在まで受け継がれている。

鎌倉時代には、鎌倉文化が栄えた。仏教では、従来からあった真言宗律宗に加え、鎌倉新仏教禅宗浄土宗時宗日蓮宗など)が興隆し、全国に広まり、その後の日本人の宗教のあり方や方向性に多大な影響を与えてきた。また、同時代において制定された武家政権独自の法である御成敗式目は、 土地占有者にその所有を認める土地制度や、法理と根拠に基づく裁判という考え方を形作り、現代にまで引き継がれている。[要出典]

この時代には、東国の鎌倉と西国の京という二つの中心ができ、武士が日本各地の土地を支配した。遠隔地間や南宋との貿易も盛んになり、銭貨が輸入されたことにより、貨幣経済が広がった。これら背景に為替制度が誕生するなど、鎌倉時代はその後の日本における経済的発展が準備された時代ともなっていった。

鎌倉文士

鎌倉文士とは、神奈川県鎌倉市に住む(あるいは住んでいた)文学者の総称。早くから横須賀線が通り、東京の出版社へのアクセスも良かった鎌倉は、多くの文学者や美術家・芸術家に好まれた。夏目漱石芥川龍之介国木田独歩川端康成大佛次郎をはじめとする文人らが鎌倉に住み、あるいは鎌倉を舞台とした作品を残している。

鎌倉ペンクラブは1933年(昭和8年)設立と言われている。1938年(昭和13年)当時の会員には林房雄大仏次郎大森義太郎大岡昇平太田水穂、川端康成、横山隆一中里恒子野田高梧山本実彦山田珠樹今日出海小杉天外小林秀雄小牧近江里見弴三好達治島木健作神西清らの名前があり、1961年(昭和36年)に解散をしている。その後40年を経て2001年(平成13年)に第二次鎌倉ペンクラブが三木卓を会長として設立された[32][33]。新鎌倉文士と呼ばれる複数の有名作家が鎌倉に移住したが、養老孟司は移住者ではなく生まれも育ちも鎌倉である。鎌倉文士の一覧については、リンク先を参考のこと。

唱歌

1900年(明治33年)5月発表の『鉄道唱歌』第1集東海道編(大和田建樹作詞、全64番)では、東海道本線を外れてわざわざ横須賀線(当時は東海道線の支線)に入り、鎌倉に4番を割いている。作者が京都近江八景太宰府天満宮など歴史的な土地に相当な執着を持っていたからと言われ、鎌倉に関しては後には葉山に別荘を構えたりもした。

  • 6.横須賀ゆきは乗替と 呼ばれておるる大船の つぎは鎌倉鶴が岡 源氏の古跡や訪ね見ん
  • 7.八幡宮の石段に 立てる一木の大鴨脚樹(いちょう) 別当公暁のかくれしと 歴史にあるは此(この)蔭よ
  • 8.ここに開きし頼朝が 幕府のあとは何(いず)かたぞ 松風さむく日は暮れて こたえぬ石碑は苔あおし
  • 9.北は円覚建長寺 南は大仏星月夜 片瀬腰越江の島も ただ半日の道ぞかし

金沢文庫

北条実時が邸宅内に造ったとされる武家の文庫。鎌倉の東の結界である六浦称名寺横浜市金沢区)よって長らく護られてきた。吾妻鏡の主要編纂地でもある金沢文庫は、現在の行政区分では鎌倉市ではなく横浜市に属するが、鎌倉文化を語る上で欠くことができない。

伊藤博文らによる復興を経て、現在は鎌倉時代を中心とした所蔵品を展示公開する、神奈川県立の歴史博物館となっている。称名寺からの寄託品を中心とする、国宝・重要文化財を含む古書籍等の文化財を保管し、調査研究、展示するための施設である。2007年には当文庫に保管されていた木造大威徳明王像(称名寺の塔頭・光明院の所有)が運慶作であることが判明して話題になった。 


  1. ^ 赤星 1959
  2. ^ 赤星 1972
  3. ^ 平井ほか 1980 pp.335-336
  4. ^ 「国指定史跡 名越切通」逗子市公式HP
  5. ^ a b 齋藤 2006 pp.184-185
  6. ^ 岡 2004 pp.41-64
  7. ^ 「鎌倉の埋蔵文化財シリーズ」より鎌倉市公式HP
  8. ^ 「鎌倉市周知の埋蔵文化財包蔵地一覧」鎌倉市公式HP
  9. ^ 「鎌倉市遺跡地図について」鎌倉市公式HP
  10. ^ 鎌倉歴史文化交流館 2021 pp.17-25
  11. ^ 鎌倉市教育委員会 1998 p.3
  12. ^ 鎌倉市教育委員会 2001 p.3
  13. ^ 鎌倉歴史文化交流館 2021 pp.26-27
  14. ^ 鎌倉歴史文化交流館 2021 pp.32-33
  15. ^ 埋蔵文化財センター(横浜市)『埋文よこはま31』(2015年)1-3ページ
  16. ^ 埋蔵文化財センター(横浜市)『栄区の重要遺跡』(2015年)20-30ページ
  17. ^ 栄区横穴墓探訪記(1)”. 埋蔵文化財センター(横浜市). 2022年1月9日閲覧。
  18. ^ 鎌倉歴史文化交流館 2021 pp.44
  19. ^ 鎌倉歴史文化交流館 2021 pp.50-53
  20. ^ a b 鎌倉歴史文化交流館 2021 p.59
  21. ^ 鎌倉歴史文化交流館 2021 pp.56-57
  22. ^ 鎌倉歴史文化交流館 2021 p.50
  23. ^ 福島金治「鶴岡八幡宮の成立と鎌倉生源寺・江ノ島」地方史研究協議会編『都市・近郊の信仰と遊山・観光 交流と引用』(雄山閣、1999年)ISBN 4-639-01640-9 P24-37.
  24. ^ 黒田智「『鎌倉』と鎌足」(所収:鎌倉遺文研究会 編『鎌倉遺文研究3 鎌倉期社会と史料論』(東京堂出版、2002年) ISBN 978-4-490-20469-8
  25. ^ 川合康『院政期武士社会と鎌倉幕府』(吉川弘文館、2019年) ISBN 978-4-642-02954-4 pp.78-80・pp.267-268
  26. ^ 鎌倉歴史文化交流館 2021 p.14
  27. ^ 鎌倉歴史文化交流館 2021
  28. ^ 松葉 2018 pp.6-10
  29. ^ 高橋 2005 p.13
  30. ^ 鎌倉市教育委員会 1998 pp.10-11
  31. ^ 『風俗文選(森川許六 選)・和漢文操(各務支考 編)・鶉衣(横井也有 著)』藤井紫影、武笠三諸 校訂、有朋堂書店(有朋堂文庫)1918年(大正7年)30頁
  32. ^ 鎌倉ペンクラブとは|鎌倉ペンクラブ”. kamakurapen.club. 2019年6月2日閲覧。
  33. ^ これまでの活動|鎌倉ペンクラブ”. kamakurapen.club. 2019年6月2日閲覧。
  34. ^ 「ミュージアムについて」(鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム公式サイト)(2019年6月23日閲覧)
  35. ^ 吉屋信子記念館(鎌倉市サイト)
  36. ^ 観るなび(日本観光振興協会)
  37. ^ 旧華頂宮邸(鎌倉市サイト)
  38. ^ 「扇湖山荘庭園公開」(鎌倉市観光協会)






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