自由民主党 (日本) 組織

自由民主党 (日本)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/31 04:04 UTC 版)

組織

党員

最低限の要件として、党則第3条において「本党の目的に賛同する日本国民で、党則の定めるところにより忠実に義務を履行すると共に国民大衆の奉仕者として積極的に党活動に参加する者」と定められている。また、「年齢については、別途定める」とされている[149] が、18歳選挙権が施行された2015年(平成27年)現在は、満18歳から入党申し込みをすることが可能である。

入党を希望する者は、所定の入党申込書に本人が自筆で記入し、初年度の党費を添えて支部または都道府県支部連合会に提出する。その際に、既存党員1名の紹介を受けることが必要である[150]

党籍は一般党員、家族党員、特別党員の3種類に分かれており、一般党員の党費は年間4,000円。家族党員は年額2,000円だが、同一生計内に一般党員1名を必要とする。特別党員は年間20,000円以上であれば、政治資金規正法の範囲内で出す金額を自由に決められる。なお、一般党員であっても自由国民会議会員と両立することができ、政治資金の面でより強力かつ効果的な支援をすることができる。

20歳以上(もしくはその年に20歳になる者)で直近2年間連続して党費の滞納がないことを条件に、総裁選の投票権が与えられる[151]

他党から自民党への移籍を希望するときは、国会議員の場合は総裁または幹事長、都道府県議や自治体議員は県連会長に直接会って了承されなければならない[注釈 16]

党員数は1991年(平成3年)には約547万人を記録していたが、その後は名義貸し党員の表面化や法改正による禁止措置などを受け一貫して減少傾向にある(後述)。参院選比例代表の非拘束名簿式が導入された2001年(平成13年)には200万人を割り、野党転落した2009年(平成21年)末には所属国会議員の激減や支持団体が離反が相次いだこともあり、結党以来初めて100万人を割った[152]。2012年(平成24年)に78万9348人[153] を記録したのが底で、2013年以降は回復傾向を見せており2016年(平成28年)9月には100万人の大台を回復した[154]

名義貸し党員

自民党の党員はピーク時の1991年(平成3年)には547万人いたが、積極的に活動したのは半数にも満たなかった。これは、特に職域支部において明らかに党活動に参加する意思のない者が支部を通じて入党したかのように見せかける「名義貸し」が行われていたことが原因である。

当時は総裁選における党員・党友票の扱いが現在と異なり、有効投票1万票を議員票1票に換算して基礎票としていたため、たとえ1票の重みが議員票の1万分の1であったとしても、1人でも多くの個人党員を獲得することが議員の所属する派閥が推す候補者を総裁選で勝たせるのに必要であったという事情がある。

また1983年(昭和58年)に導入された参議院比例代表選挙で、自民党の名簿上位に登載されるには立候補予定者が自らの傘下の党員を多く獲得しその名簿を提出する必要があったため、立候補予定者が所属または関係していた利益団体が党費を立て替えて支持者、宗教団体であれば信者を多数自民党に入党させることもあり、それが弊害化していった。

名義を貸しただけの党員の党費は支部自体や、支部を構成する圧力団体が行う政治献金によって払われたものとして処理されていた。党員証も支部預かりとなって本人には渡されず、当時の機関紙だった「自由新報」も各個人まで届かなかった。1990年代に党員数が急減したのは、政治資金規正法の改正によって名義貸しが罰則付きで禁止され、急速に解消されていったことにも一因がある。

本部

2021年(令和3年)9月現在の自由民主党本部事務総長は元宿仁である。

建物・敷地

国会議事堂の北西にある国有地財務省所有)を年間約8970万円(2011年時点)で賃借し[155][156]、その土地上に建築した9階建てのビル「自由民主会館」を本部としている。1966年(昭和41年)3月24日落成。所有者は一般財団法人自由民主会館[157]。延べ床面積は約1万5600平方メートルで大規模な本部ビル[注釈 17] ではあるが、約1万6000平方メートルある日本共産党本部の方が大きく、日本最大ではない[158]。設計は同党参議院議員(当時)で建築士の石井桂が、施工は同党参議院議員(当時)の鹿島守之助が会長を務めていた鹿島建設がそれぞれ担当した[159]

自由民主会館が竣工するまでは東京都千代田区平河町砂防会館本館2・3階を党本部として賃借していた。東京オリンピック開催に伴う国道246号の拡幅工事で立ち退きが必要になったため、同様に立ち退きを迫られた日本社会党(後の社会民主党)と共に国有地を割り当てられたという経緯がある[160]

衆議院が所有する国有地約1,320平方メートルを、無償で、衆議院議員用の駐車場として利用しているが、「他党の衆議院議員の利用は、警備上の理由などで断っている」という[155][160]

参議院自由民主党

参議院自由民主党は各種業界・団体代表者の割合が高く、このためもあって派閥に対する帰属意識が衆院に比べて弱い。1989年(平成元年)の第15回参議院議員通常選挙で大敗、過半数割れして以降、自民党の参院勢力は常に過半数割れか、もしくは半数ギリギリの状況であるため、参院対策が重要視されている。

参院自民党の執行部人事は総裁の専権事項ではなく、参院議員会長の指名により決定する。ただし、会長が所属する派閥の領袖たる衆議院議員の指令で決定してしまい、結果的に長老支配や密室政治の温床となることもある。

また、閣僚人事も派閥領袖より参院議員会長・参院幹事長の意向が優先される参議院枠が存在する。特に、参院議員会長の影響力が強いと総理総裁の人事権や派閥力学を超えて、閣僚人事権を事実上支配することもある。

参議院合同選挙区(合区)について、一票の格差最高裁判決を受け入れて2015年(平成27年)7月に4つの選挙区を2つに合区することを受け入れたものの(旧鳥取県選挙区及び旧島根県選挙区鳥取県・島根県選挙区、旧徳島県選挙区および旧高知県選挙区徳島県・高知県選挙区)、「2016年(平成28年)参院選から実施された後は、問題が多い」として憲法改正を含めた上での合区解消を主張している。

離党と賞罰

一般党員の場合、毎年5月以降に所属の支部を通じて党費の請求を行い、その年の年末(12月28日)までに納入が確認できなければ、自動的に離党扱いとなる。

現職国会議員が離党する場合、幹事長宛に離党届を提出[注釈 18] し、党紀委員会において処分の対象にならないことを確認した上で了承を得る必要がある[161]。地方議員は都道府県支部連合会会長宛てで同様の手続きを踏む。党紀委員会または県連会合で了承されないときは処分の対象となり、その場合多くは除名となる。また議員及び党員が汚職または選挙違反などの刑事事犯により逮捕された場合は、判決確定まで党員資格停止とし、禁固以上の有罪判決が確定したときは無条件で除名に切り替える[162][注釈 19]。不起訴、起訴猶予になったとしても自民党の名誉を傷つけたと判断されれば処分の対象にすることができる[163]

このほか、党紀委員会の処分としては重い順に、除名、離党勧告、党員資格停止、公認取り消し、国会・政府での役職停止、党内役職停止、幹事長厳重戒告、党則遵守勧告がある[164]。また、幹事長が出せる処分としては国会・政府での役職停止の前に「辞職勧告」をすることができる[165]

このうち、党員資格停止、党内役職停止は最大2年までの期限付きとする[166]。離党勧告は期限を付けることができる。期限付きとなった場合、その期限までに離党届が提出されたときは党紀委員会でこれを了承しなければならず、将来の復党の可能性も与えられる。提出されない場合は除名処分に切り替わる[注釈 20]

一度離党した議員が復党を希望する場合は、入党申込書を県連ではなく幹事長、場合によっては総裁宛に提出し、最低でも党紀委員会の審査を受けて了承されなければならない[167]。この時、除名処分を受けていると原則として二度と復党できず[注釈 21]、同時に所属していた自民党会派も退会となる[注釈 22][注釈 23]

定年制と衆議院総選挙比例優遇

定年制を設けており、衆議院比例区候補は73歳、参議院比例区は70歳の定年制を設けている(ただし、例外が適用されて衆議院は73歳以上、参議院は70歳以上の議員が比例区で公認される場合もある)。

衆議院総選挙の比例区でコスタリカ方式の候補者を除いて、比例名簿上位登載は連続2回までとなっている[注釈 24]


注釈

  1. ^ 2010年代に存在した同名の政党とは無関係。
  2. ^ 衆議院議長の額賀福志郎を含む
  3. ^ 参議院議長の尾辻秀久を含む
  4. ^ 党内には中道右派[A] や、日本会議所属議員を中心とした極右[12][13][14][15]超国家主義[16][17]とされる勢力も存在する。
  5. ^ 憲法改正(あるいは自主憲法制定[38])は自民党立党以来の党是であり[39]、2010年の綱領では「日本らしい日本の姿を示し、世界に貢献できる新憲法の制定を目指す」としている[19]
  6. ^ 西沢保・池田幸弘によれば、日本政治では純粋な経済的自由主義は見つけにくいという。自由民主党の中には、公共支出やケインズ経済学の重要性を未だ信じるメンバーも、大幅な赤字のためにこの方法を採用したがらないメンバーもおり、経済政策に関して様々な態度がある[41]
  7. ^ 地方選では自民党と日本共産党共闘することがある[47]
  8. ^ 上州戦争森奥戦争などの「名物選挙区」も存在した。
  9. ^ 新党名を自由民主党とすること、次期内閣首班として鳩山が政務を担うこと、緒方が中心となって党務を担うこと、党執行部が日常的な党務を運営すること、重要問題は代行委員の合議によること、代行委員には鳩山・緒方・三木・大野、幹事長には岸、総務会長には石井光次郎、政調会長には水田三喜男が就任すること[75]
  10. ^ さらに、残った無所属の小沢貞孝も後に社会党入りしたため、二大政党以外は退潮傾向にあった共産党の1人だけだった。
  11. ^ 社会党は自民党の半分程度であったが、全議席の1/3を確保して自民党の目指す憲法改正を阻止することには意義があった。以降概ねこの議席比率が維持できたため、「一と二分の一政党制」とも呼ばれた。
  12. ^ 従来の記録では日本国憲法下では羽田内閣羽田孜首相)の64日、明治憲法下では東久邇宮内閣東久邇宮稔彦王首相)の54日。当内閣は発足から投票日までの28日に特別国会召集までを加えた日数になる。
  13. ^ 細野豪志平沼正二郎西野太亮三反園訓。細野は11月5日、西野は12月7日に自民入党が認められた。平沼は党籍を有しながら公認漏れだったが、11月8日に自民会派入りが認められた。
  14. ^ 離党した6名のうち後に自民党に復党したのは・西岡武夫(1980年)、河野洋平(1986年)、山口敏夫(同)。新自クを離党したのは小林正巳(1980年)と、参議院議員の有田一寿(1979年8月)。
  15. ^ ちなみに単独過半数を回復した251人目は北村直人である。
  16. ^ この例を適用されたのが改革クラブから移籍した松下新平で、当時の総裁だった谷垣禎一に直接面会して了承されている[要出典]
  17. ^ もっともかつて“世界一の金持ち政党”といわれた中国国民党本部(野党転落を期に現在は売却)やフランス共産党本部(世界的建築家オスカー・ニーマイヤー設計)など、大規模な党本部施設をもつ政党は少なくない。
  18. ^ 党則89条の1では「党本部」宛に提出することとなっているが、実務は幹事長が受け付ける。
  19. ^ この適用例としては2005年に逮捕された中西一善がいる。
  20. ^ 直近の例としては郵政解散の時の亀井郁夫がいる。亀井はその後、国民新党へ移籍した。
  21. ^ この例外として上川陽子がいる。
  22. ^ そのために復党が議題に上らなかった例として郵政解散のときの野呂田芳成がいる。
  23. ^ また党分裂に積極的に関与したという理由で新党の最高幹部が除名される例もあり、最近では旧国民新党代表を経験した亀井静香や綿貫民輔、旧たちあがれ日本で共同代表を務めた与謝野馨、新党改革元代表で第19代東京都知事の舛添要一らがいる。
  24. ^ 例外として渡辺孝一は比例名簿上位登載を連続4回。
  25. ^ この例に静岡5区で4回連続小選挙区敗退した吉川赳がいる。吉川は1回目と4回目が比例復活当選、2回目は復活できなかったが、3回目は選挙後1年半近く経ってから繰り上げで比例復活した。
  26. ^ この例に埼玉5区から4回連続、合計5回比例復活した牧原秀樹がいる。牧原は立憲民主党初代党首の枝野幸男と戦っている。
  27. ^ この例に静岡6区から3回連続比例復活した勝俣孝明がいる。
  28. ^ 森田健作は2003年の総選挙で中西一善に地盤を譲った後、千葉県知事選挙に立候補するまで「東京都衆議院選挙区第二支部長」であった。
  29. ^ この例に静岡5区で旧希望の党から鞍替えした細野豪志がいる。細野は第49回衆議院総選挙で当選後、入党を認められた。
  30. ^ a b c d e 道徳再武装運動会員
  31. ^ a b c d アメリカ対日協議会関係者
  32. ^ a b 同一閨閥に属する大久保利通牧野伸顕と並び、従一位に叙されている。
  33. ^ これが為、アジア・太平洋地域に集団安全保障体制は存在しない。[要検証]
  34. ^ 総務省HP。以下端数は切り捨て。
  35. ^ 電通出身の自民党"世襲議員"は近年であれば、高村正大平井卓也中山泰秀などがいる。

出典






英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「自由民主党 (日本)」の関連用語

自由民主党 (日本)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



自由民主党 (日本)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの自由民主党 (日本) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS