液体呼吸 潜水での利用

液体呼吸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/25 23:50 UTC 版)

潜水での利用

もし液体呼吸が完全なものであれば、潜水において有効である。

潜水では、肺内部の圧力は体外の気圧と等しくなければならず、そうでなければ肺はつぶれてしまう。ダイバーが x m の深さにおり、水面での気圧を p bar(海面との高度差がよほど大きくない限り p = 1 とみなせる)とすると、x/10 + p bar の圧力を受けながら呼吸しなければならない。この圧力は深さにしたがって増加し、120 m で 13 bar 前後、深海平原では 500 bar 前後になる。このような高圧は体に悪影響を及ぼし、急激に開放された場合には特に危険である。空気塞栓窒素酔い減圧症などの潜水病が起こる。解決策の1つは大気圧潜水服だが、これはかさばる上に取り扱いにくい。より簡便な方法はヘリオックス (heliox) やトライミックス (trimix) のように、窒素をヘリウムで置換した混合ガスを使用することである。しかし、ヘリウムは体組織中に溶け込むため減圧されたときに気泡を発生させるのは窒素と同様であり、この方法でも減圧症の問題を解決することはできない。

肺を液体で満たせば、気体で満たされていた場合に必要だったような膨大な量の気体で分圧を維持させることなく体内の圧力を水圧変化に対応させることができるようになる。高分圧での気体の使用を撤廃することにより、体組織の高圧の窒素やヘリウムによる飽和を防ぐことができ、ゆっくりとした減圧など減圧症を回避するための手間がなくなる。潜水する哺乳類は、一呼吸で深いところまで潜る人間の素潜りと同様に、水面まで急速に戻っても減圧症を起こすことはほとんどあるいは全くない。これは一呼吸程度の量の気体では体組織に蓄積される窒素の量が減圧症が起こるほど多くないためである。深海まで潜水する哺乳類や人間の肺はほぼ完全につぶれている。

この考え方を実際に適用するには以下に示す問題点がある。潜水に液体呼吸を応用する場合には完全な液体置換を行わねばならない。そうすることにより高い空気分圧を避けられるため、塞栓の原因となる気泡を血中に少しも発生させない状態を維持できる。しかし、液体による完全な置換を行った場合、二酸化炭素を除去するのに十分な量の液体を流通させるのに困難を伴う。全圧がいくら高くても、呼吸を行う液体中に溶かし出すのに影響する血液中の二酸化炭素の分圧は 40 mmHg より高くはならない。この程度の圧では、大部分の液体フルオロカーボンでは、安静な状態での代謝[5]で十分に二酸化炭素を除去するには毎分約 70 mL/kg の交換速度が必要である。体重 70 kg の大人で約 5 L/min となる。密度の高い液体の場合これはかなりの多量であり、激しくない仕事をした時でも、二酸化炭素の生成量が2倍になるとすると必要流量も2倍になる。この計算値が液体呼吸における現実的な流速の上限である[6][7]。流通装置を使わずに人間が液体フルオロカーボンを 10 L/min の流速で動かすのは無理だと考えられており、そのため「自由な呼吸」も不可能とされている。

この技術はジェームズ・キャメロンの1989年の監督作品である映画『アビス』の作中に登場した。


  1. ^ Clark, L. C., Jr.; Gollan, F. (1966). "Survival of Mammals Breathing Organic Liquids Equilibrated with Oxygen at Atmospheric Pressure". Science 152: 1755–1756. アブストラクト DOI: 10.1126/science.152.3730.1755 PMID 5938414
  2. ^ Brice, T. J.; Coon, R. I. (1953). "The Effects of Structure on the Viscosities of Perfluoroalkyl Ethers and Amines". J. Am. Chem. Soc. 75: 2921–2925. DOI: 10.1021/ja01108a039
  3. ^ a b c Tham, M. K. et al. (1973). "Physical Properties and Gas Solubilities in Selected Fluorinated Ethers". J. Chem. Eng. Data 18: 385–386. DOI: 10.1021/je60059a011
  4. ^ この場面はイギリスでは動物虐待であると看做され取り除かれた
  5. ^ Miyamoto, Y.; Mikami, T. (1976). "Maximum capacity of ventilation and efficiency of gas exchange during liquid breathing in guinea pigs". Jpn. J. Physiol. 26: 603–618. PMID 1030748
  6. ^ Koen, P. A. et al. (1988). "Fluorocarbon ventilation: maximal expiratory flows and CO2 elimination". Pediatr Res. 24: 291–296. PMID 3145482
  7. ^ Matthews, W. H. et al. (1978). "Steady-state gas exchange in normothermic, anesthetized, liquid-ventilated dogs". Undersea Biomed. Res. 5: 341–354. PMID 153624
  8. ^ Leach, C. L. et al. (1996). "Partial Liquid Ventilation with Perflubron in Premature Infants with Severe Respiratory Distress Syndrome". NEJM. 335 (11): 761–767. PMID 8778584
  9. ^ Hlastala, M. P.; Souders, J. E. (2001). "Perfluorocarbon Enhanced Gas Exchange". Am. J. Respir. Crit. Care Med. 164: 1–2. PMID 11435228
  10. ^ Bleyl, J. U. et al. (1999). "Vaporized perfluorocarbon improves oxygenation and pulmonary function in an ovine model of acute respiratory distress syndrome". Anesthesiology 91: 340–342. PMID 10443610
  11. ^ Kandler, M. A. et al. (2001). "Persistent Improvement of Gas Exchange and Lung Mechanics by Aerosolized Perfluorocarbon". Am. J. Respir. Crit. Care Med. 164: 31–35. PMID 11435235
  12. ^ von der Hardt, K. et al. (2002). "Aerosolized Perfluorocarbon Suppresses Early Pulmonary Inflammatory Response in a Surfactant-Depleted Piglet Model". Pediatr. Res. 51: 177–182. PMID 11809911
  13. ^ ツィオルコフスキー, コンスタンチン (1960). 月世界到着!―ヒマラヤから月へ. 東京: 朋文堂 






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