桑原秋成 桑原秋成の概要

桑原秋成

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 03:23 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
 
桑原秋成
時代 平安時代初期
生誕 不明
死没 不明
官位 従五位下主計助
主君 桓武天皇
氏族 桑原
都腹赤都貞継
テンプレートを表示

出自

新撰姓氏録』によれば、桑原公は上毛野氏多奇波世君の末裔であるとされる[1]

経歴

延暦15年(796年)5月に渤海使・呂定琳を送り届けるために送渤海客使に任ぜられて、上野介御長広岳と共に渤海へ渡る(この時の官位正六位上式部大録)。同年10月に渤海王の啓を携えて朝廷に復命し[2]、御長広岳と共に昇叙を受けて秋成は外従五位下に叙せられる。間もなく大和介として地方官に転ずる。延暦18年(799年)主計助に任ぜられて京官に復している。

官歴

日本後紀』による。

系譜

脚注

[脚注の使い方]

参考文献


  1. ^ 『新撰姓氏録』豊城入彦命五世孫多奇波世君之後也
  2. ^ 『日本後紀』延暦15年10月2日条
  3. ^ a b 『日本文徳天皇実録』仁寿2年5月22日条


「桑原秋成」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「桑原秋成」の関連用語

桑原秋成のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



桑原秋成のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの桑原秋成 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS