大府飛行場 終戦と戦後

大府飛行場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/08 17:29 UTC 版)

終戦と戦後

終戦

1945年(昭和20年)8月15日。大府飛行場には何機もの四式重爆撃機「飛龍」が残っていた。昨日までの活気はなくなり、誰もが虚脱感に襲われていた。工場長は飛行機を飛ばすことを思いついた。連合軍はまだ進駐していなかった。警察官や消防団員、飛行場作りに力を貸してくれた近くの人たちを乗せた「飛龍」は、連合軍司令部から飛行禁止命令が出るまでの10日間、知多の上空などを飛行した[2]

1945年(昭和20年)10月に入ってすぐ、連合軍司令部は飛行機の焼却処分を命令。作業者の手で、部品は大鉈で砕かれ、完成機体はガソリンがかけられて、焼却処分された[2][3]

ここに大府飛行場における航空機生産も終わりを告げることになった。

中部日本新聞社と豊田自動織機製作所

豊田自動織機長草工場
かつての滑走路跡をトレースする道路。道路脇に新日鐵住金社宅やサークルK等が並ぶ
かつて三菱専用鉄道があったと考えられる道路。大府市ウド交差点付近。

戦後、飛行場の一部は農業開拓者の農場に転換されたが、残りの土地は三菱重工の所有のまま放置されていた。(1948年当時の大府飛行場付近の航空写真。出典:国土地理院地図・空中写真閲覧サービス)

1952年(昭和27年)2月になり、組立工場等が集中していた地区を豊田自動織機製作所(後の豊田自動織機)が大府町のあっせんで買い受けた。

同社では農業機械の試験場、APA特需車両の完成車置き場として利用していたが、昭和40年代になり、長草工場としてパブリカバンの生産基地となった[8]

その後も長草工場は、スターレットヴィッツ等の生産を続けている。

同じく1952年(昭和27年)、中部日本新聞社(後の中日新聞社)が6月1日、「中日大府飛行場」を開設した。同新聞社によると、当時、民間空港第1号と宣伝された。

面積23万平方メートル、滑走路長450mであった[9]

滑走路とはいっても元の大府飛行場の一角をならしただけで、ラバウル基地よりひどいといわれたが、それでも当時自前の飛行場はここしかなかった[2]

同年8月15日、かつて大府飛行場で生産されていた「飛竜」と同じ名前を与えられた水陸両用機「飛竜」(リパブリック RC-3 シービー)と、「白鳩」(パイパー PA-20)の2機からスタートした。

1952年(昭和27年)11月、ベル 47D型3人乗りヘリコプターが大府飛行場に到着。後に同機は川崎重工に引き取られ、国産ヘリコプター第1号開発のための技術調査に一役かった。

1953年(昭和28年)2月、中日社機「飛竜」が、滑走路東側土手に激突、乗員2人が重傷となる事故が発生。

1958年(昭和33年)7月、中日大府飛行場閉鎖。中日機は名古屋空港に移った[9]

1958年(昭和33年)以降、かつての滑走路跡は新日本製鐵名古屋製鐵所(現:新日鐵住金名古屋製鐵所)の社宅を中心に市街地化した[7]。また滑走路跡の上を知多半島道路の高架がまたがり、一見しただけでは、かつてここに飛行場があったことがわからなくなってしまった。道路付近には、ミニストップファミリーマートバローセブン-イレブンなどが立ち並ぶ。

滑走路跡は一部道路ともなったが、幅員は大幅に減っている。

丘陵地のわりには不自然に平坦な地形が、唯一飛行場であったことを示すものであろう。

また、飛行場にはかつて大府駅から専用側線が敷設されていて、1970年代ころまではその跡が明瞭に残っていたが、その後市街地化が著しくなり、一部が道路として残っているらしいが、その跡が極めてわかりにくくなっている。


  1. ^ 2015年1月5日、愛知県西春日井郡豊山町にある県営名古屋空港ターミナルビルに本社を移転
  2. ^ a b c d e f g h i 中日新聞社会部『あいちの航空史』中日新聞本社(1978年)
  3. ^ a b c d e f 大府市誌編さん刊行委員会『大府市誌』愛知県大府市(1986年)
  4. ^ a b c d e f g h 大府市誌編さん刊行委員会『大府市誌 資料編 近代現代』愛知県大府市(1991年)
  5. ^ 大府町史編さん委員会『大府町史』(1966年)
  6. ^ 東海市史編さん委員会「第7章:戦時体制と生活」『東海市史:通史編』愛知県東海市(1990年)
  7. ^ a b 山田直行「花形の軍用機産業」『知多半島の歴史 下巻』株式会社郷土出版社(1995年)
  8. ^ 株式会社豊田自動織機製作所社史編集委員会『四十年史』株式会社豊田自動織機製作所(1967年) P504〜505
  9. ^ a b 中日新聞社社史編さん室『中日新聞創業百年史』株式会社中日新聞社(1987年)


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