古詩十九首 内容

古詩十九首

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/31 23:54 UTC 版)

内容

形は全て五言のみから成り、句数は短いものでは8句・長くても20句で、偶数句末に押韻するが換韻を許すものもある。主題としては、概ね3種に分類することができる。1つには行旅に出た夫と残された妻の別離をうたうもので、「行行重行行」「青青河畔草」「渉江采芙蓉」「冉冉孤生竹」「庭中有奇樹」「迢迢牽牛星」「凜凜歳雲暮」「孟冬寒気至」「客従遠方来」「明月何皎皎」がある。また1種は友情の途絶を嘆く歌で、「明月皎夜光」がこれに相当する。最後に、人生の無常に対する述懐であり、「青青陵上柏」「今日良宴会」「西北有高楼」「回車駕言邁」「東城高且長」「駆車上東門」「去者日以疎」「生年不満百」の8首にのぼる[4]

『詩品』において「其の体の源は国風より出づ」と評するように、十九首は古代の民謡集である『詩経』国風篇と同じく個人的な悲哀の文学であり、したがって長大な叙事詩とは異なり全てが短詩である。しかし、漢代のこれらの詩に至って初めて顕著に見られるようになるのは、時間の推移に対する感性である。吉川幸次郎は、人間が時間の上に生きることを意識することで生まれる悲哀の感情、すなわち「推移の悲哀」が十九首に通底すると述べている[12]。例えば第一首「行行重行行」・第七首「明月皎夜光」に代表されるような、互いに思慕しつつ遠く離れた人々の悲しみや友情・愛情に破れた人々の悲しみは、不幸の上にあるという自覚、あるいは幸福を喪失したという自覚の表出として理解できる[13]

第一首(抄出)
行行重行行 行き行きて重ねて行き行く  
与君生別離 君と生きながら別離す  
相去万余里 相去ること万余里  
各在天一涯 おのおの天の一涯に在り
道路阻且長 道路へだたりてつ長し
会面安可知 面を会わすこと安んぞ知るけん
胡馬依北風 胡馬は北風に
越鳥巣南枝 越鳥は南枝に巣くう  
第七首(抄出)
昔我同門友 昔の我が同門の友  
高挙振六翮 高挙して六翮りくかくを振るう
不念携手好 手を携えしよしみを念わず
棄我如遺跡 我を棄つること遺跡の如し  
南箕北有斗 南には 北には斗有り
牽牛不負軛 牽牛はくびきを負わず
良無磐石固 まことに磐石の固き無くんば
虚名復何益 虚名 た何か益せん

幸福な状態から不幸への推移という悲観的抒情は、これらの古詩に始まって魏晋南北朝期を貫く基調的な感情となる。第七首に「磐石の固き無くんば 虚名復た何か益せん」とあるように、これらの詩の中で繰り返されるのは、時間とともに朽ちることなき誠実な人間関係への希求である[14]

しかし、人生の最後には決して抗うことのできない不幸としての死が待ち構えている。十九首の中には、死に至ることの無常を詠んだ一群も存在するが、こうした悲哀の感情は、典型的には世俗的な快楽への没入として昇華される[15]。このような無常感から発するデカダンスは楽府の古辞の中にも見られ、やはり少なくとも漢魏以前の文学には見られなかった傾向である[16]

第十五首(抄出)
生年不満百 生年  百に満たざるに
常懐千歳憂 常に千歳の憂いをいだ
昼短苦夜長 昼は短くして の長きに苦しむ
何不秉燭遊 何ぞ燭をりて遊ばざる
為楽当及時 楽しみを為すはまさに時に及ぶべし
何能待来茲 何ぞ能く来茲らいじを待たん

以上のような思潮的傾向は、おおよそ後漢末期の社会状況や思潮と結び付けると理解がしやすい。政治的背景には、外戚の専横による政治的混乱と武帝以来の礼教思想に基づく朝廷の保守的な体制に対する、知識人たちの鬱々たる感情があった。朝廷に仕える者は、時の権力者に逆らえば往々にして殺されるところとなり、「明哲保身」を知って何もせずにおるほかなかったのである。老荘思想が流行して「隠逸の士」が現れるようになったのもこのころであった[4]。後世多くの研究者が成立年代を後漢末に比定してきたのも、こうした社会的背景を汲んでのことである[7]


  1. ^ 近藤春雄『中国学芸大事典』大修館書店、1978年、371頁。ISBN 4469032018 
  2. ^ a b c d e 松原, 佐藤 & 児島 2009, pp. 38–39.
  3. ^ a b 吉川 1953, p. 332.
  4. ^ a b c 曹 1994.
  5. ^ 道家 1984.
  6. ^ a b 前野 1975, p. 50.
  7. ^ a b 柳川 2002.
  8. ^ 柳川 2004.
  9. ^ 王一娟 (2012年3月26日). “古詩十九首可能是曹植所著——木斋先生访谈录”. 中国社会科学報. 2018年7月18日閲覧。
  10. ^ a b 吉川 1961, pp. 269–270.
  11. ^ 伊藤 & 一海 1983, pp. 22–23.
  12. ^ 吉川 1961, pp. 267–268.
  13. ^ a b 吉川 1961, p. 270.
  14. ^ 吉川 1961, pp. 304–306.
  15. ^ 吉川 1961, pp. 307–308.
  16. ^ 鈴木 1963.
  17. ^ a b c 伊藤 & 一海 1972, pp. 476–478.
  18. ^ a b 蕭 2007.
  19. ^ 前野 1975, p. 66.
  20. ^ 鈴木 1993.
  21. ^ 伊藤 & 一海 1983, p. 26.





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