千葉真一 人物

千葉真一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/21 16:41 UTC 版)

人物

器械体操

君津市君津中学校へ進学すると、千葉の進路に影響を与えることとなる体育教師の松本と出会う[25]。松本は千葉を陸上競技バレーボール野球投手で4番打者[29])など、複数の大会に出場させていた[25]。この頃ヘルシンキオリンピックが開催され、日本勢が体操競技でメダルを獲得したことにより、体操競技の一大ブームが発生する[168]。松本はその時勢に乗り、千葉を「体操部を創るから部員になれ」と勧誘したので、運動部を掛け持ちしながら練習し始める日々となった[168]。勧められての体操競技だったが、やがてオリンピック日の丸を掲げたいという夢を抱くようになり[12][19]、松本に相談すると「体操するなら木更津一高へ行け」とアドバイスされた[168]。進学校のため躊躇していると松本は練習後にも勉強をみてくれる先生を手配し、その甲斐有って合格[168]。入学後は体操競技に専念し、1年生で全国大会上位入賞、3年生で全国大会優勝を成し遂げた[12][26]

1957年日本体育大学体育学部体育学科へ進学[6][23][27][28]。同級生には東京オリンピック跳馬金メダリスト山下治広がおり、ヘルシンキオリンピックの跳馬銀メダリスト竹本正男に指導を受けた[12][23]。オリンピック出場を目指して練習に明け暮れていたが、独力で通学することが条件だったので、学費を稼ぐために時給が高い土工や引越しのアルバイトを、身体鍛錬も兼ねて並行していた[169]。大学2年生の夏[注釈 5]、跳馬を練習中に着地で失敗し、腰・両膝を痛めてしまう[6][23][29][30]。練習とアルバイトの掛け持ちで身体を酷使していたことも加わり悪化し、医者から「1年間運動禁止」と宣告された[6][28]。1週間も練習を休めば差がつくこの時期に、選手を続けることが困難となる[6][23][28]。山下はその実力を「日本の体操選手が不得意にしているあん馬が彼は得意だった。でも大学二年の秋[注釈 5]、跳馬の練習中に着地を失敗してアキレス腱と腰を痛めてしまって…。あのまま体操を続けていれば、間違いなく東京オリンピックでメダルを獲得できたのに惜しかった」と評し、才能を惜しんでいる[169]。(⇒ #オリンピックを目指して

空手道

東映に入る前から大山道場に通っており、きっかけは大学生の時に大山倍達を知っている韓国人から紹介を受けて入門[170]格闘映画で千葉の敵役を演じた石橋雅史極真カラテ先輩にあたる[170][171]。大山は「学生時分から千葉は道場へ通ってきており、仕事の関係でまとまった稽古をしていないまでも、門下生の序列でいうと相当古い方になるんだよ[172]」と語っている。千葉は名誉段位ではなく、一般門下生と同様に昇段審査を受け、1965年10月15日黒帯初段)を允許[173]1977年2月3日弐段を越えて飛び段で参段[174]1984年1月20日四段へ昇段した[18]

1977年3月16日空手道による真剣勝負をすることが発表され[175]4月ハワイで開催された「日本代表極真会館チーム対ハワイ代表チーム」というフルコンタクト空手の対抗戦に参戦した[12][66]。他の日本代表メンバーには大石代悟二宮城光東孝中村誠などがおり[注釈 14]、対戦相手は「前アメリカ東海岸空手チャンピオンのグレッグ・カーフマン」という180cm以上ある黒人であった[67][68]。千葉は通常の空手技の他に、跳び右後ろ回し蹴り胴回し回転蹴りの元となった前方宙返りして踵で蹴るなど攻撃して、第2ラウンドに二段蹴りKO勝ちを収めた[12][67][68]。結果的に同年5月14日に封切り公開された映画空手バカ一代』の宣伝にもなった。大山倍達は「千葉真一の空手映画は欧米で非常なブームとなっており、本職の空手家らの『Sonny Chiba (サニー ちば)の空手は本物』という批評が聞かれていた。極真カラテの黒帯である千葉だからそれも当然で、この対抗試合に出場してその実力を示したのは立派と言うしかない」と述べている[176]。(⇒ #Sonny Chiba

1984年1月20日 - 22日に開催された極真会館主催の第3回オープントーナメント全世界空手道選手権大会では志穂美悦子真田広之ジャパンアクションクラブ (JAC ) メンバーを率い、演武テレビのゲスト解説をした。同年8月、極真会館ブラジル支部長・磯部清次の招待により、志穂美・真田・大葉健二を連れてサンパウロへ行き、25日 - 26日に開催された第1回・第8回ブラジル極真空手道選手権大会でも演武を行った[177]

日本・アメリカ東南アジア世界各国で後進の育成・空手道の普及に活動しており、毎年10月には旧武徳殿がある京都市武道センターで少年少女オープン空手道選手権大会「千葉真一総裁杯」を催している。『新 影の軍団シリーズ』で共演した高野八誠は「最終章のラストシーンで千葉さんと殺陣をするんですが、休憩中に千葉さんが後ろ回し蹴りを見せてくれて、すっごい感動しましたね。動きは昔と変わってないなって、改めてビックリさせてもらいました[178]」と、当時66歳の千葉について語っている。(⇒ #格闘映画

人柄

スポーツニッポン文化部次長だった脇田巧彦は「何事においても、とことん、のめりこむ性質で、適度ということを知らない熱血漢である[19]」と評し、娘の真瀬樹里は「何があっても進んでいく前向きさと、映画への情熱は世界一。パパは私の誇り[97]」と話している。高平哲郎は「打ち合わせ相手を待っていると、後ろのテーブルには千葉さんが女性と仕事の話をしながら、食事をしていた。思わず『高平です。ご無沙汰しています』と声をかけると、千葉さんは立ち上がり、笑顔で『お元気ですか』と答えてくれた。2回しか会ってない私にきちんと挨拶をしてくれるのが、千葉さんの真面目さと優しさなんだと思う[16]」と記している。

日刊スポーツの記者は「圧倒的な存在感をオーラと呼ぶが、それを感じた[22]」、東映ニューフェイスの後輩である堀田眞三は「かつて大流行した『カッコいい!千葉ちゃん!』の言葉通り、“カッコよさ”の象徴だった[179]。国中を席巻したカリスマであり、正真正銘の映画スターとして、醸し出す雰囲気や存在感が全然違う[179]。共演俳優や東映の後輩らも、威厳とパワフルで圧倒されるけど明るくて格好良いと言ってるし、滲み出る男を感じさせてくれる[180][181][182]」、サミュエル・L・ジャクソンは「タフガイを演じる時には、いつも千葉さんの演技を参考にさせてもらっているんだ。カリスマ的な存在感のある、最高にクールな俳優だと思うよ[60]」、あさ美は「かっこよすぎだし、オーラがすごいし、魅入っちゃった[183]」、大木凡人は「とにかくカッコ良く情熱をもったスターです[184]」、小泉孝太郎は「撮影現場に入られただけで、見えていないのにそれと分かる雰囲気を感じるくらい、ものすごい存在感でした。何かに例えるならば、サッカーコートジボワール代表ディディエ・ドログバのような。千葉さんが画面の前にお立ちになると、一気に何かが激変します[注釈 15][185]」など、異口同音に「(千葉さんには)オーラやカリスマ性がある」と証言している。

真樹日佐夫は「とても折り目正しいところに、淡い好感をおぼえた[186]」、「ニューヨークで酒を酌み交わした時[注釈 16]、いくら飲んでも崩れを見せぬ見事な酒品だった[187]」と述べ、平松伸二は自身の漫画が映画化されたときに、『ドーベルマン刑事』の撮影現場を訪れて主人公の加納錠治を演ずる千葉真一と会っており、「まさかこんな若い人(平松)が漫画を描いているとはねえ~!」「ホンネを言えば、ボクとかより松田優作くんなんかの方が加納にあってると思ってるんじゃないのかなァ!!」と笑いながら話しかけられ、「図星だった!千葉さんは正直で気さくないい人だった」と回想している[188]

ファン

日本ではいしだあゆみ[189]今井雅之[190][191]尾崎将司[158]吉川晃司[192][193]関根勤[16]園子温[194]高平哲郎[16]吉本真由美などのファンがいる。

いしだあゆみは雑誌の表紙撮影で対面したときに「わたし、千葉さんの大ファンなんです」と伝えていた[189]テレビドラマ雪の朝に』(1987年)にて、いしだは千葉の恋人役で念願の共演を果たし、映画闇の狩人』(1979年)や千葉主演のテレビドラマ『おわこんTV』(2014年)でも共演している。今井雅之は子供の頃、友達と『キイハンター』ごっこで遊ぶときには、千葉に扮するほどの熱狂的なファン[195]。吉川晃司は幼少期、千葉の活躍に憧れを抱いていた[192][193]。(⇒ #キイハンター#2010年以降

ジャパンアクションクラブ (JAC ) に1980年代初期までに入団したメンバーのほとんどが千葉の勇姿に憧れた者ばかりで、大葉健二[196]春田純一[197]志穂美悦子[198][199][200]関根大学[201]山田一善[202]渡洋史[203]、など。(⇒ #JAC

日本国外の熱烈なファンにはサミュエル・L・ジャクソン[59][60]クエンティン・タランティーノ[61][123]ジャッキー・チェン[134]ジョナサン・ノーラン[204][205]ジャレッド・フェルナンデス[206]ブルース・リー[51]キアヌ・リーブス[62][63]リュ・スンワン[124]インドネシア格闘家俳優ヤヤン・ルヒアン[56]、らがおり、世界の映画人・著名人に影響を与えている。

サミュエル・L・ジャクソンは初めて千葉に会った時、直立不動で「サインをください」と頼んでいた[164]。クエンティン・タランティーノはアメリカ映画トゥルー・ロマンス』で主人公が『激突! 殺人拳』を映画館で観て、部屋には『カミカゼ野郎 真昼の決斗』、『東京-ソウル-バンコック 実録麻薬地帯』のポスターを貼るなど、千葉の熱狂的ファンである主人公を描いている。キアヌ・リーブスは「僕はSonny Chiba の映画とともに育ったようなものなんだ[62]」、「『The Street Fighter 』からアクションと芝居を学んだ。僕は映画用のカンフーならできるけど、サニー千葉は実際に人をボコボコにできる。情熱を感じる[63]」と語り、リーブスの主演映画『ジョン・ウィック』のプロモーションで来日した2015年10月に千葉と待望の対面を果たした際には、"Oh my god! "を連発、固い握手を交わし、「ハジメマシテ、マエストロ!(巨匠)」と千葉へ挨拶[63]。「あなたはキャラクターを演じるだけでなく、そこにアクションを盛り込んだ。屈強なキャラクターにもあなたが演じると心が感じられる」と身振り手振りを交えながら、千葉と会えたことをリーブスは終始嬉しそうに大はしゃぎしていた[63]。リュ・スンワンは『キネマ旬報』の2015年12月下旬号で対談した際、千葉から『仁義なき戦い 広島死闘篇』のDVDにサインをしてもらい、「今日はDVDを持って来られなかったのですが、千葉さんの『激突! 殺人拳』が本当に好きなんです。僕があまりにも見ているので、うちの子供たちもテーマ曲を口ずさむことができる。お会いできて光栄です」と喜びを語っている[124]。ヤヤン・ルヒアンは映画『ザ・レイド』のプロモーション2012年来日した際、「千葉さんのアクションは本当に勉強になります」と日本が誇る世界のアクションスターに敬意を表した[56]。(⇒ #格闘映画#ハリウッド

ジャッキー・チェンはスターとして認められだした頃に東映京都撮影所へ出向き、千葉を表敬訪問して念願であった対面を実現した[134]。ジョナサン・ノーランは「千葉真一の作品を見て育った」と答え[204][205]広島東洋カープ投手映画プロデューサー転身の夢があるジャレッド・フェルナンデスは「中学時代から(千葉の)映画をよく見ていた。いい映画を作って彼を呼びたい」と言っている[206]。ブルース・リーは『キイハンター』で千葉を知っており[12]、大ファンとなったリーは[51]、共演をオファーしていた[12]。(⇒ #キイハンター

交友

深作欣二高倉健大山倍達を「人生で最も影響を受けた特別な存在で最も敬愛する人物[207]」、尊敬する俳優に「ジェームズ・ディーンジャン=ポール・ベルモンド、高倉健、若山富三郎ゲイリー・クーパー[208]」、「親友夏八木勲[17][209]」を挙げている。

1967年映画あゝ同期の桜』で知己を得て以来、最も共演が多い夏八木勲は千葉を[17][209]

新人で京都にきたばかりで挨拶の仕方も知らなく、そんな僕を千葉ちゃんがいろいろと面倒みてくれた。「何も知らない奴だから、あまりいじめないでくれよ」と周囲に言ってくれたんです。お陰で見知らぬ京都でかなり過ごしやすくなったので、本当に感謝しています。千葉ちゃんのそういう性格はもちろんだけど、あそこまで自分の肉体を意のままに操れるよう、鍛えていたことに僕はビックリしてね。千葉ちゃんから「JACでアクションの練習をしているから、なっちゃんも暇があったら来てみない?」って誘われたので、時間がある時は練習場に行って、紛れて一緒に鍛えたりしていました。[17]

と評しており、千葉と夏八木を知る関係者も「夏八木さんの口からは、千葉さんを絶賛する言葉しか聞いたことがない。千葉さんも夏八木さんを『僕の人生の中で最高の俳優』と認めていて、事あるごとに仕事に誘っていた。互いによき理解者で、尊敬し合えるかけがえのない友だった」と証言している[209]

深作欣二は「ともかく熱心だった。特にアクションシーンになると、自分からアイデアを出して急にイキイキしてくる。スティーブ・マックイーンみたいになりたいというのが口癖だった[210]」、東映ニューフェイスの先輩でもある高倉健は「お互いに無口なところが妙に気が合ってね。普通なら男同士、酒でも飲んで語り合うもんだが、酒を飲めない俺に気を使ってか、喫茶店でコーヒーを飲んだりメシを食いに行ったりで、内気な恋人同士のデートみたいだった。それでも楽しいんだなあ[36]」、同期の亀石征一郎は「方言が抜けないから研修が終わっても、一人で発音の練習をしていたのが印象的だった[36]」と語る。

デビュー当時から相談に乗っていた潮健児は「東京オリンピックのあった昭和39年(1964年)前後に一番悩んでいた。日本体育大学の友人はオリンピックで名を上げ、『網走番外地』で高倉健さんがスターになった。映画をやめたいと漏らしていた[137]」と苦悩する様子を、鶴田浩二は「融通の利かないところが損しているな。絶対に弁解しないから、誤解されやすい[137]」と、それぞれ慮っている。

中尾彬千葉県立木更津第一高等学校の後輩で、「前田さん(千葉の本名)」と挨拶する[211]。日体大に在学していた千葉が教育実習で指導した生徒が中尾で、教師と教え子の関係でもあったが、理由もなく反抗して授業をよくサボっていた[211]。芸能界で再会したときに、中尾は非礼を陳謝[211]。中尾の出演ドラマ『二人の刑事』(TBS)を千葉が「観ているぜ」と言うと、中尾は「光栄です」と低頭する間柄である[211]

特別後援者としてピラニア軍団に関わっており、軍団の結成式が1975年大阪市御堂会館で催され、深作欣二・渡瀬恒彦と共に立会った[212]。千葉は舞台へ上がらず、カメラ片手に客席からメンバーに声をかけて裏方に徹し、場を盛り上げていた。そんな千葉に川谷拓三は感謝し「ワシ、生まれて初めてこんな派手なスポットライトを浴びましたわ。ホンマおおきに!」と号泣していた[212]

趣味

趣味は水彩画[39]。日記をつけている[119]。愛車は日産・ブルーバードフォード、白のフォルクスワーゲン1200(1963年型)セダンに乗り始め[213]スポーツカーマツダ・コスモスポーツ(白)フォード・マスタング・Mach1[214]マーキュリー・クーガーへ乗り継いだ。トヨタ・カリーナのCMに出演した頃、トヨタよりカリーナの新車を毎年提供されていたので1年間乗った後、志穂美悦子真田広之ジャパンアクションクラブ (JAC ) のメンバーに譲っていた。

家族

福岡県福岡市博多区雑餉隈で二男三女の長男(第二子)として生誕[2]。父親は大刀洗町に在った陸軍飛行戦隊に所属する軍人で、母親は熊本県出身で学生時代に陸上競技をしていた[2]テストパイロットの父親は初めて建造された空母へ初着艦を成功させるなど、危険な重責業務で給料の半分が飲み代となり、家庭は裕福でなかった[3]。4歳の時、父親が千葉県木更津市へ異動となったため、家族で千葉県君津市へ転居した[24]終戦後、軍が解体され、父親は漁業組合の役員へ転職したが、家計は厳しかった[3]。小学生の頃から、新聞・牛乳配達をして家計を助けた[169]。しかし「貧乏だったものの大自然に囲まれていたため、以外は不自由せずにいろいろな食物を食べることができ、自分の土台となった」と当時を述懐している[215]。父親は芸能界入りを猛烈に反対して勘当していたが[33]、作品を観てからは考えを変え[216]、その後は観るのを楽しんでいる[169]1971年初めには地元の君津市に実家を新築して親孝行をした[217]。(⇒ #オリンピックを目指して

弟の矢吹二朗が中学生になると東京都へ呼び寄せ、学校にも通わせ、育ち盛りの矢吹にはご飯を食べさせ、千葉はコッペパンに水という日々もあった[169]。「ときどき兄貴の腕時計や無理して買ったテープレコーダーが無くなったのは、きっと質屋へ持って行っていたと思う。僕には心配させまいと、一言も言わなかった」と語る[169]

テレビドラマ『キイハンター』で共演した野際陽子1973年に結婚し、一人娘の真瀬樹里を儲ける。おしどり夫婦として有名だったが、ハリウッドで仕事が増え始めて拠点を移したい千葉と[218]日本に居たい野際の意志不一致から[218]1994年に離婚。記者会見を野際と一緒に行うなど憎みあっての離婚ではないため、真瀬共々良好な関係を続けており、真瀬とはテレビ時代劇寺子屋ゆめ指南』、『風林火山』で共演し、複数のトーク番組へ一緒に出演している。その後、28歳年下の一般女性と1996年に再婚して長男・新田真剣佑と次男・眞栄田郷敦を授かり、アメリカ合衆国カリフォルニア州ビバリーヒルズに在住している[22][95][96][98]2015年に離婚した[219]




  1. ^ 母は野際陽子
  2. ^ a b 母は一般人。
  3. ^ a b 1969年近代映画の『千葉真一特集号』では東映東京撮影所の所長である山崎真一郎が「千葉県出身ということで千葉、そして仕事を忠実に真心込めて」という意味で命名したと紹介しているが[7]、千葉自身は「山崎所長から『千葉から来たから名字を千葉、名前はオレの名前をとって真一にしろ』と言われた」と述べている[8]
  4. ^ a b c d e ニュー・ライン・シネマアメリカで『激突! 殺人拳』を『The Street Fighter 』のタイトルで封切公開した際に、同社の社長が命名して千葉をアメリカに紹介した[9][10]。それが他国に広まり、世界での通称となったが、英語圏Sonny (サニー)は男性の名前に使われるほか、口語で「兄ちゃん・坊や」という意味があり、愛称の“千葉ちゃん”を欧米風に訳した。その後、JJ Sonny Chiba と改名したが、JJJustice Japan (正義の日本)の略である[9][10][11]
  5. ^ a b c 出典により、夏または秋としている。
  6. ^ a b c 日本体育大学は「3年以上の在籍で100単位以上の取得。その後の社会的な活躍や貢献によって、特別卒業認定証を授与する」という新たな規約を設け、千葉を特別卒業認定証第1号とし、2013年3月10日卒業を認定[6][23][27][30][31]。在学時の成績は優が多く、教授会でも満場一致で同規約の適用を認めていた[6][32]
  7. ^ 1970年から放送されていたトヨタ・カリーナCM でも、「決まってるね、千葉ちゃん!」が使われていた。
  8. ^ a b c 自分の役でもないのに「投げ飛ばされる」、「板にぶつかる」、「海に放り込まれる」など数々のスタントを引き受けて演じていたが[44]、人材不足を憂いていたこともJAC 設立へ繋がっていく。(⇒ #JAC
  9. ^ 2013年現在、千葉真一自身は座右の銘を「肉体は永遠の言葉である」としている[6][32]
  10. ^ 当時のハイスピードカメラは今と比べると遥かに重たく、外見もかさばっていた。
  11. ^ 特にアメリカ州[13][55]・ヨーロッパ[13][55]東南アジア[56]香港など[57]
  12. ^ 2年後にギャラは千葉のほうが上になった[136]
  13. ^ 北大路欣也は戦前からの大スターで東映の役員を兼務していた市川右太衛門の御曹司であることから、東映は北大路の意向を幾度となく受け入れてきた[47]
  14. ^ 大石代悟二宮城光はケガのため、対抗戦を欠場した[176]
  15. ^ テレビドラマおわこんTV』の発表会見で小泉は、2014年6月14日サッカーW杯・日本 vs コートジボワールに交代出場して試合の流れを変えたドログバに、千葉をなぞらえた[185]
  16. ^ 千葉真一は映画の撮影で、真樹日佐夫梶原一騎と共に極真会館の北米支部長会議に出席する大山倍達の随行で、それぞれニューヨークを訪れていた[187]
  17. ^ a b 柳生十兵衛光厳の「光厳」だが、「三厳」ではなく「光厳」とパンフレット魔界転生』の登場人物・キャスト一覧に表記されているため、当該記事もこれに則った[220][221]
  18. ^ 「芸能人のおしどり夫婦がCMで共演」という流れの始まりだった。
  1. ^ a b c 「君津のガキ大将時代」、38 - 39頁。
  2. ^ a b c d e 「気骨ある明治生まれの軍人、子供心に誇らしかった飛行機姿の親父」、81 - 82頁。
  3. ^ a b c 「千葉真一特集」、144 - 145頁。
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  7. ^ 「千葉真一特集」、148頁。
  8. ^ 「オリンピックで金メダルを目指した学生時代、味わった栄光と挫折」、101頁。
  9. ^ a b c d 「序章」、11頁。
  10. ^ a b c d 「全米でブルース・リーを超える興行収入、サニー千葉の名を広めた空手映画」、51頁。
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  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 「とっておきの『先生』特集」『SPORTS CITY』第1巻第2号、鎌倉書房、1981年6月25日、 32頁。
  13. ^ a b c d e f 「プロフィール」、30頁。
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