制約条件の理論 制約条件の理論の概要

制約条件の理論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/24 07:00 UTC 版)

自然科学で幅広く活用される「原因と結果(因果関係)」というコンセプトを、人が絡む組織の問題に適用し、自然科学における「理論」と同じレベルの再現性のある科学を、社会科学の領域に持ち込んだことが大きな特徴となっている[1][2]。1984年に米国で出版され、世界的なベストセラーとなった著書『ザ・ゴール』で当時の知識体系が公開された。

2001年に『ザ・ゴール』の日本語版が出版された当初、日本では「制約条件の理論」と訳されていたが、現在は国内でこの理論の普及を推進している組織のほとんどが「制約理論」と表記している[3]。原語(Theory of Constraints:直訳すれば「制約の理論」)に「条件(Condition)」という言葉がないため、日本語訳としては「制約理論」の方が本来の意味に沿っている。ただし、この理論を示す用語としては、日本を含めてグローバル規模では原語を略した「TOC」と言った方が通じやすい。

歴史

ゴールドラットは、物理学の研究で得た知見を使って画期的な生産スケジューリングの方法を編み出し、それを「OPT」と名付けたソフトウェアに実装した。OPTの基本的な原理を世に広めるために執筆したのが『ザ・ゴール』である[4]。同書は、経営危機に陥った工場を主人公がTOCを駆使して再建する様が描かれたビジネス小説。世界的なベストセラーとなり、TOCはSCM(サプライチェーン・マネジメント)の理論的な基礎になったともいわれている[5]トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一の勧めで、ゴールドラットはTOCを理論化したという[6][7][8]

ゴールドラットは、その後もTOCの研究・開発を続け、新たな知見を下記のような書籍の中で公開している。なお、下記のカッコ内は、日本語版のタイトルである。

  • 『The Haystack Syndrome』(『ゴールドラット博士のコストに縛られるな!』)
1990年出版。「スループット会計」を活用した「TOC意思決定プロセス」について。
  • 『It's Not Luck』(『ザ・ゴール2』)
1994年出版。マーケティングや経営全般の問題解決にも適用できる「思考プロセス」について。
  • 『Critical Chain』(『クリティカルチェーン』)
1997年出版。現在のTOCの知識体系に含まれるプロジェクト・マネジメント法について。
  • 『Isn't It Obvious?』(『ザ・クリスタルボール』)
2009年出版。小売業者が在庫を大幅に減らしながら売り上げを伸ばすための知見を公開している。

ゴールドラットは長年、『ザ・ゴール』を日本語へ翻訳することを禁じていた。日本語版が出版されたのは、原書の出版から17年後の2001年である。日本を愛してやまなかった[9]ゴールドラットが日本語への翻訳を禁じていた理由を、2001年のインタビューで「10年前、もし、日本の企業経営者たちが私の理論を学んだとしたら、日本の貿易黒字は2倍に拡大するだろうと予測しました。そうなれば欧米経済のみならず、日本経済も大打撃を被ることになる。そんな懸念があって、許可しなかったのです」と語っている[10]

TOCが広く知られるきっかけとなった『ザ・ゴール』が工場の改革をテーマにしていたため、この理論を生産の領域の改革に貢献する理論だと考えている向きも多いが、現在はそのほかの分野でも広く活用されている。生産、サプライチェーン、ロジスティックス、会計、営業、プロジェクト、研究開発、IT、流通、保守、行政、教育、ヘルスケアなど、あらゆる分野に適用され、目覚ましい成果を上げている[1]

2011年にゴールドラットが逝去した後も、TOCは発展し続けている。例えば、ゴールドラットが2003年に母国イスラエルで創業したゴールドラットグループ[11]では、イノベーションを創出するプロセスである「TOC for Innovation」[12]、組織をダメにする「7つの誘惑(The Seductive 7)」の発見とその解消方法[13]、病院経営を改善するヘルスケアアプローチ[14] ――といった知見が開発されている。ゴールドラットは、TOCをパブリックドメインにしているため[15]、同グループのほかにも独自に研究・開発している組織も多い。

概要

TOCの基盤となる考え方は「つながり」と「ばらつき」のある組織やシステムでは、仕事の流れを滞らせる制約の改善に集中すれば全体最適化が実現できるというものである。より正確に記述すれば、「システムにつながりとばらつきがある」という前提があれば「制約に集中する」ことで、必ず「全体に成果をもたらす」ことが可能になるということを示した科学的な理論だ。ゴールドラットは、自身が編み出した知見を「手法」や「方式」ではなく、「理論」だと位置付けている[1]

『ザ・ゴール』が出版された当初は、制約に対して「ボトルネック」という用語を使っていた。しかし、生産以外の分野への適用が始まると、ボトルネックという言葉が誤解を生じかねないため、「制約」という言葉に置き換えたという[16]

部署間を左から右へと仕事が流れてくる組織をモデル化したシステムを例にとろう。このシステムでは、個々の部署が1日に処理できる能力には、それぞれ20、15、10、12、16とばらつきがある。この例では、制約となっている部署の10以上にアウトプットが出ることは不可能である。この部署の改善だけに集中すれば、組織全体のアウトプットが向上することは明らかだろう[1]

システムの例:Input >> 20 > 15 > 10 > 12 > 16 >> Output


  1. ^ a b c d 岸良裕司 (2017). “全体最適のマネジメント理論TOC”. IEレビュー 301: 45-55. 
  2. ^ 「全体最適のマネジメント理論TOC」(岸良)と同様の趣旨の論文「全体最適のマネジメント理論 TOC 科学的理論を定義する『仮説の論理構造』とよりよい社会への可能性」(https://www.tocclub.net/performance_06.html)がインターネット上でも公開されている。
  3. ^ 日本TOC推進協議会(http://www.j-toc.jp/index.html)、全体最適の行政マネジメント研究会(http://tocgyousei.sakura.ne.jp/main/abouttoc.html)、教育のためのTOC 日本支部(https://tocforeducation.org/about/)、TOCPA Japan(https://tocpractice-japan.com/tocpa-japan/)が「制約理論」と表記。日本TOC協会(https://japan-toc-association.org/toc/basic_concept)は「『制約理論』または『制約条件の理論』」としている。
  4. ^ サプライチェーンの原点TOCとは何か”. ITmedia. 2020年12月25日閲覧。
  5. ^ ITレポート(キーワード3分講座)TOC”. 日経クロステック. 2020年12月25日閲覧。
  6. ^ エリヤフ・ゴールドラット「巨人の肩に立って」”. 何が、会社の目的を妨げるのか. ダイヤモンド社. (2013/2/22). ISBN 978-4478024010 
  7. ^ 「『トヨタ生産方式』の著者、大野耐一氏 ゴールドラット博士について語る」(動画、1分30秒あたりでゴールドラットについて語っている)『TOCクラブ』。 https://www.tocclub.net/19841129_ohno.html
  8. ^ 村上悟. “利益創出! TOCの基本を学ぶ(1):制約条件に着目した業績改善手法、TOCとは? (3/3)”. @IT MONOist. アイティメディア. 2020年12月25日閲覧。
  9. ^ 「エリヤフ・ゴールラット 何が、会社の目的を妨げるのか」(ダイヤモンド社)において、ゴールドラットの息子でゴールドラットグループのトップを務めるラミ・ゴールドラットが執筆した序文(はじめに)のタイトルが「日本を愛してやまなかった父の危惧」である。
  10. ^ 何が、会社の目的を妨げるのか. ダイヤモンド社. (2013/2/22). p. 4 
  11. ^ ゴールドラットグループの中核会社である、イスラエルに本拠を置くゴールドラット・コンサルティングの「会社紹介」。 (https://goldrattgroup.com/about/)
  12. ^ 岸良裕司 (2019/4/4). 優れた発想はなぜゴミ箱に捨てられるのか? 限界を突破するTOCイノベーションプロセス. ダイヤモンド社 
  13. ^ Kristen Cox; Yishai Ashlag (2018). Stop Decorating the Fish. North River Press 
  14. ^ アレックス・ナイト (2019). Pride and Joy プライド アンド ジョイ 誇りと喜びを取り戻す病院経営. 株式会社メディカルトリビューン 
  15. ^ 例えば、日本TOC推進協議会が「トップページ」でパブリックドメインである旨を掲載している。(http://www.j-toc.jp/
  16. ^ a b エリヤフ・ゴールドラット「TOCとは何か」、「エリヤフ・ゴールラット 何が、会社の目的を妨げるのか」(ダイヤモンド社)に収録されている論文。
  17. ^ エリヤフ・ゴールラット (2001/5/18). ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か. ダイヤモンド社. p. 464-465 
  18. ^ エリヤフ・ゴールドラット 何が、会社の目的を妨げるのか. ダイヤモンド社. (2013/2/22). p. 57 
  19. ^ The Goal: A Process of Ongoing Improvement. North River Press. (2012) 





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