ヴェネツィアFC
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/30 06:46 UTC 版)
ヴェネツィアFC | ||||
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原語表記 | Venezia Football Club S.r.l.[1] | |||
愛称 |
Arancioneroverdi (オレンジ・黒・緑), Leoni Alati (有翼獅子), Lagunari (礁湖) | |||
クラブカラー |
オレンジ 黒 緑 | |||
創設年 | 1907年 | |||
所属リーグ | セリエB | |||
所属ディビジョン | 2部 | |||
ホームタウン | ヴェネツィア | |||
ホームスタジアム |
スタディオ・ピエル・ルイジ・ペンツォ | |||
収容人数 | 7,450 | |||
代表者 | ダンカン・ニーデラウアー | |||
監督 | イヴァン・ヤヴォルチッチ | |||
公式サイト | 公式サイト | |||
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■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ |
歴史
1987年から2002年まで、パレルモで会長を務めていたマウリツィオ・ザンパリーニがクラブを所有。ACヴェネツィアと名乗っていた1999-2000シーズンは、元日本代表・名波浩が在籍していた。
2005年、それまでのACヴェネツィア (Associazione Calcio Venezia 1907) からSSCヴェネツィア (Società Sportiva Calcio Venezia) にチーム名を変更した。
しかし、かねてより経営の危機が囁かれていた2008-09シーズン終了後、二度目の破産。FBCウニオーネ・ヴェネツィア (Foot Ball Club Unione Venezia) と改名し再結成のうえ、2009-10シーズンにセリエDから再スタートした。2011-12シーズンにセリエDで優勝したのに続き、翌シーズンのレガ・プロ・セコンダ・ディヴィジオーネでもタイトルを獲得しレガ・プロ・プリマ・ディヴィジオーネに昇格した。
2014-15シーズンは12位で終えたが、翌シーズンのレガ・プロへの登録が叶わず降格となった[2]。2015年10月9日、かつてボローニャFC会長を務めたアメリカ人弁護士のジョー・タコピーナをはじめとする投資家グループにより買収され[3]、ヴェネツィアFC (Venezia Football Club S.r.l.d) に改称された。
2020-21シーズンのセリエBでは5位となると、続く6チームによる昇格プレーオフのトーナメントを勝ち抜き、2001-02シーズン以来となる20年振りのセリエA復帰を決めた[4]。
ユニフォーム
セリエAに昇格する2021-22シーズンからサプライヤーをKappaに変更した。所属選手ではなくモデルを起用し、まるでファッション雑誌のような見た目が話題になり公式ストアで完売となった[5]。バレンシアガやシュプリームのデザインを担当する「ビューロー・ボルシェ」というスタジオがデザインに関わっている[6]。
- ^ “Contatti”. Venezia FC. 2016年1月21日閲覧。
- ^ “レッジーナとヴェネツィア、イタリア3部リーグへの登録が果たせず”. サッカーキング (2015年7月15日). 2016年1月21日閲覧。
- ^ “U.S. lawyer Joe Tacopina buys Italian club Venezia FC”. ESPN FC (2015年10月9日). 2016年1月21日閲覧。
- ^ “ヴェネツィアがセリエA昇格決定! 退場者出すも終盤の劇的ゴールでプレーオフ突破”. サッカーキング (2021年5月28日). 2021年8月9日閲覧。
- ^ “「あまりに美しい」20年ぶりセリエA昇格、ヴェネツィアのユニフォームがイケてると絶賛され即完売”. 超WORLDサッカー (2021年7月31日). 2022年4月4日閲覧。
- ^ “オシャレユニフォームが話題のヴェネツィア、「シュプリーム」手がけるスタジオ制作のアウェイユニはホームとの対比がテーマで大注目!”. 超WORLDサッカー (2022年7月14日). 2022年7月15日閲覧。
- ^ 破産により4部へ降格
- ^ 財政不備により勝ち点1はく奪
- ^ 破産により5部へ降格
- ^ 財政不備により4部へ降格
- ^ “team” (イタリア語). Venezia FC. 2022年2月7日閲覧。
- 1 ヴェネツィアFCとは
- 2 ヴェネツィアFCの概要
- 3 タイトル
- 4 歴代監督
- 5 外部リンク
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