レイテ戦記 主な師団などの経過

レイテ戦記

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/27 09:41 UTC 版)

主な師団などの経過

年の記載がない月日は1944(昭和19)年。

兵力、生還者数は『レイテ戦記』エピローグの第6表による。生還者の過半は捕虜。

第16師団

当初からレイテ島を守備。米軍上陸後10日ほどで脊梁山脈に後退。

兵力18608 生還者580
師団長は牧野四郎中将。昭和20年以後消息不明。
歩兵第9連隊(京都)
カトモン山を守備。 連隊長神谷保孝大佐 (『レイテ戦記』には記述がないが、12月8日戦死とされる)
歩兵第20連隊(福知山)
ドラグを守備。 連隊長鉾田慶次郎大佐は、10月22日ホリタで戦死。
歩兵第33連隊(津)
タクロバンを守備。 連隊長鈴木辰之助大佐は、10月23日パロで自決。

第30師団

元来ミンダナオ島を守備。師団としてではなく、連隊単位で投入された。船舶不足のため、以下の2つの連隊は投入時期もまったく違い、別々に行動。

兵力5357 生還者240
歩兵第41連隊(福山)
第1次多号作戦で10月26日上陸。カリガラ湾攻防に参戦。
連隊長炭谷鷹義大佐は、昭和20年1月以後消息不明。
歩兵第77連隊(平壌)
米軍オルモック上陸後の12月9日パロンポンに上陸。
連隊長新郷栄次大佐は、昭和20年1月以後消息不明。

第102師団

セブ島周囲からカリガラ湾の戦闘に大隊単位で引き抜いて投入。第1師団到着後はその南を守備。

兵力3142 生還者270
師団長福栄真平中将は、昭和20年1月5日にレイテ島から無断脱出した。
第78旅団(熊本) 独立歩兵第169大隊
第1次多号輸送で10月27日上陸。
隊長西村茂中佐は、昭和20年1月5日、福栄中将を護衛した舟が沈没し死亡。
第77旅団(熊本) 独立歩兵第171大隊
10月30日上陸。
隊長田辺侃二(かんじ)中佐は、消息不明。

第1師団

レイテ戦の決戦師団として、満州から上海経由で投入された。第2次多号輸送で11月1日上陸。

兵力13542 生還者50
師団長片岡董(ただす)中将は、昭和20年1月15日、第35軍司令によりレイテを脱出。
歩兵第1連隊(東京)
連隊長揚田虎巳大佐は、昭和20年1月17日、レイテを脱出、セブ島へ。
歩兵第49連隊(甲府)
連隊長小浦次郎大佐は、セブ島に転進後、昭和20年5月25日戦死。
歩兵第57連隊(佐倉)
連隊長宮内良夫大佐は、昭和20年1月15日、レイテを脱出、セブ島へ。

第26師団

8月からルソン島を守備していた、第14方面軍直轄師団。その主力は11月9-11日、第3,4次多号輸送で上陸。脊梁山脈を担当。

兵力13778 生還者620
師団長山県栗花生(つゆお)中将は、昭和20年2月15日バレンシアで戦死。
独立歩兵第12連隊(岐阜)
第2次多号輸送で11月1日に上陸。12月7日の米軍第77師団オルモック上陸に、ほぼこの連隊だけで抵抗した。
連隊長今堀銕作大佐は、昭和20年7月4日、カンギポットの北で自決。 (8月10日に日本軍最後の捕虜になった東嶋登大尉の証言による。)
独立歩兵第11連隊(名古屋)の第2大隊
隊長大川鼎大尉は、12月10日ダムラアンで戦死。
独立歩兵第13連隊(静岡)
連隊長斎藤二郎大佐は、ダムラアンの戦い以後『レイテ戦記』に記事なし。

第68旅団

満州から台湾経由で投入。しかしこの旅団がオルモックに到着する直前に米軍に上陸されてしまい、12月7日サン・イシドロに上陸。結局活躍の機会があまりなし。

兵力6392 生還者90
旅団長栗栖猛夫少将は、昭和20年1月以後のレイテ島残留部隊の最高指揮官。昭和20年3月以後消息不明。

第8師団

8月からルソン島を守備していた、第14方面軍直轄師団。レイテに送られたのは、この師団のうち歩兵第5連隊のみ。

歩兵第5連隊(青森)
兵力4552 生還者130
米軍オルモック上陸後に、第9次多号輸送で12月11日パロンポンに上陸。最後の援軍。
連隊長高階於莵雄(たかはしおとお)大佐は、昭和20年以後消息不明。

第4航空軍

米軍に占領されたタクロバン、ドラグ、ブラウエン、カリガラ、オルモックを空から攻撃。オルモックは特攻を含む。

司令官富永恭次中将。

高千穂空挺隊(第2挺進団

台湾の高砂族で編成した落下傘部隊

挺進第3連隊
12月6日ブラウエン飛行場を攻撃。
連隊長白井恒春少佐は、昭和20年以後不明。
挺進第4連隊
12月8日以後オルモック攻防のためバレンシアへ。
連隊長斎田治作少佐は、昭和20年1月レイテを撤退。

  1. ^ 吉田凞生『鑑賞 日本現代文学 第26巻』角川書店、1990年12月25日、29頁。ISBN 4045808264 
  2. ^ a b 大岡昇平『レイテ戦記』中央公論社、1971年、694頁。 
  3. ^ 中原中也記念館『特別企画展大岡昇平と中原中也』中原中也記念館、2018年8月2日、27頁。 
  4. ^ 大岡昇平『レイテ戦記』中央公論者、1971年9月30日、693頁。 
  5. ^ 吉田凞生 編『鑑賞日本現代文学第26巻 大岡昇平 武田泰淳』角川書店、1990年12月25日、216頁。ISBN 4045808264 
  6. ^ 大岡昇平『大岡昇平対談集』講談社、1975年3月8日、65頁。 
  7. ^ 大岡昇平『大岡昇平全集 第8巻』中央公論社、1974年7月25日、735頁。 


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