モンゴル語 系統

モンゴル語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/05 05:51 UTC 版)

系統

ブリヤート語オイラト語(カルムイク語)などとともにモンゴル語族に属する。

モンゴル諸語は、テュルク語族ツングース語族などとともに次のような特徴を持つ。

  • 母音調和がある
  • 固有語の語頭にrが立たない
  • いわゆる膠着語で接尾辞型の言語である
  • 語順類型はSOVである
  • 英語の「have」(有する)に相当する動詞が存在しない

これらの共通点から、共通の祖語に遡るというアルタイ語族仮説がかつて唱えられたこともあった。しかしこうした共通点が親縁関係の存在によるものか、隣接することによる相互影響(言語連合)によるものかは不明であり、また基礎語彙間の音韻対応規則が立てられないことなどから、アルタイ語族説は未だ証明には至っていない。アルタイ語族仮説支持者の中には、日本語アイヌ語朝鮮語もアルタイ語族に属すると主張する者もいる。

方言

音韻

モンゴル語を話す女性

ハルハ方言の音韻について述べる。

母音

音素としての短母音は /a, e, i, ɵ, o, ɔ, u/ の7つであり、それぞれに対応する長母音 /aː, eː, iː, ɵː, oː, ɔː, uː/ が存在する。短母音は第一音節、もしくはアクセントのある音節では [a, e, i, ɵ, o, ɔ, u] となるが、それ以外の場合には弱化し、元の音価と関係なく [ə] となる。長母音は概ね [aː, eː, iː, ɵː, oː, ɔː, uː] で実現されると考えて良いが、гааль、хуваарь など、/Cj/の前では й を伴う二重母音と似た発音になる。Svantesson (2003), Svantesson et al. (2005), Janhunen (2012) によると/e//i/に合流したとされるが、植田 (2014) は完全に合流したとは言い難いとしている。

前舌 中舌 後舌
i [iː] u [uː]
半狭 ɵ [ɵː] o [oː]
e [eː] ə
半広 ɔ [ɔː]
a [aː]

斎藤 (2004) によると、/a//ɔ//o/は/Cj/の前で前舌化し、[æ][œ̠][ø̠]となる。 二重母音のうち、主要母音が前にあるものには/ai, oi, ɔi, ui/の5つがある。なお、эйээ と同じ発音をする長母音に同化した。斎藤 (2004) によると、これらの音声は概ね次のようになっている。

斎藤 (2004) による二重母音の音声
/ai/ [ae]
/oi/ [o̟e]
/ɔi/ [ɔ̟e]
/ui/ [u̟i]

主要母音が後ろにあるものには/ja, je, jɵ, jo, jɔ, ju/の6つがある。三重母音には/jai, jɔi/などがある。

子音

両唇 唇歯音 歯茎 歯茎硬口蓋 硬口蓋 軟口蓋 両唇軟口蓋 口蓋垂
破裂音 張り子音 /p/(借用語のみに存在) /t/ /k/(借用語のみに存在)
緩み子音 /b/ /d/ /ɡ/ /ɢ/
摩擦音(無声) /f/(借用語のみに存在) /s/ /ɕ/ /x/ (/χ/)
破擦音 張り子音 /ts/ //
緩み子音 /dz/ //
鼻音(有声) /m/ /n/ /ŋ/
震え音(有声) /r/
接近音(有声) /j/ /w/[注釈 1]
側面摩擦音(無声) /ɬ/
  • この表では非口蓋化音のみを記しているが、モンゴル語では口蓋化音と非口蓋化音の対立があり、ロシア語の軟音と硬音の対立と同様にьの有無で区別する。
  • [ɢ]は男性母音 /a, ɔ, o, iː/ の前および語末に現れ、[ɡ] は女性母音 /e, ɵ, u/ か中性母音 /i/ の前、および語末に現れる。
  • /w/[β] もしくは [w] となる。ただし、т, ц, ч, с などの直前は無声化する。
  • [ɬ]はモンゴル語の特徴的な発音である。この子音は母音間で有声化し、[ɮ] として発音されることがある。
  • かつての /n/ は現代語では語末に現れると [ŋ] と発音される。かつての /n/ プラス母音は語末で母音が落ちて [n] で発音される。
  • /r/は基本的に語頭には現れない。(アルタイ諸語に見られる特徴)そのため、この音から始まる外来語で、/r/ の前に母音をつけて発音する話者が存在する。また、この子音は句末や無声子音の前で逆行同化し、無声化しうる。
  • 小沢 (1986)塩谷 & エルデネ・プレブジャブ (2001) によると /x/ は、男性語では [χ] 、女性語では [x] になるとしている。藤田 (2009) による聞き取り調査では、更に以下の条件異音が報告されている。
藤田 (2009) による /x/ の異音
[χ] [a], [ɔ]の前後
[x] [o], [e]の前後
[ç] [i][注釈 2]の前後
[ɸ] [ɵ], [u]の前後
  • モンゴル語の子音は、破裂音・歯擦音に対し、「張り子音」と「弛み子音」の対立が見られる。この対立が有声性によるものとみなされ、張り子音が無声子音、弛み子音が有声子音と書かれることがあるが、「一般に、張り子音の安定した特徴は無声で緊張があること、弛み子音の安定した特徴は無気または時には完全に弱くなることにある[4]と述べられているとおり、この対立は帯気性も関わることが示唆されている。斎藤 (2004) によると、張り子音と弛み子音の条件異音は以下のとおりである[5]
張り子音と弛み子音の条件異音 斎藤 (2004)
張り子音 弛み子音
音素 語頭 語中・語尾 音素 語頭 語中・語尾
/p/ [pʰ] [pʰ] /b/ [p] [w]
/t/ [tʰ] [t] /d/ [t] [d̥]
/k/ [kʰ] [kʰ] /g/ [k] [g̥]
/ts/ [tsʰ] [tsʰ] /dz/ [ts] [d̥z̥]
/tʃ/ [tʃʰ] [tʃ] /dʒ/ [dʒ] [d̥ʒ̥]

また、植田 (2020) による分析結果は以下のとおりである。

植田 (2020) による分析結果
張り子音 弛み子音
/p/ [ʰp], [ɸ] /b/ [p], [b], [β]
/t/ 安定して[ʰt] /d/ 安定して[t]
/k/ 安定して[ʰk], [k] /g/ 主として[ɣ], [ɰ]
  • /g/に関しては、藤田 (2009) による聞き取り調査では、以下の条件異音が報告されている。
藤田 (2009) による/g/の異音
硬口蓋 軟口蓋 口蓋垂
破裂音 k g q ɢ
語末または[ʃ],[t]いずれかの前 語頭かつ[a],[ɔ]以外の母音の前 語末の男性短母音字の前 語頭かつ[a],[ɔ]の前
摩擦音 ç ɣ ʁ
[s],[t],[tʃ]いずれかの前 語中かつ[a],[ɔ]以外の母音の前 語中かつ[a],[ɔ]の前

なお、東京外国語大学言語モジュールによると、/g/[ʃ], [s], [t] などの直前で [k] となる場合のほか、[x] となる場合もある。

表記

モンゴル語の表記は歴史的に、古ウイグル文字をもとに作られた縦書きのモンゴル文字(モンゴルビチゲ)により表記される蒙古文語が専ら使用されてきた。から独立を果たし、中華民国に独立を否定されるなかソビエト連邦の全面的な支援によって独立を果たしたモンゴル人民共和国では、1930年代ラテン文字による表記体系が宣伝された時期もあり、1941年2月1日には一旦ラテン文字表記が公式に採用されたが、その2か月後には撤回された。

結局、モスクワからの指示で1941年ロシア語キリルアルファベットに2つの母音字を加えた表記体系を採用し、言文一致の表記が可能となった。1957年にはキリル文字で書かれた教科書も出版されている。他方、中国内のモンゴル系民族はモンゴル文字トド文字オイラト語の表記に使用)による表記体系を現在まで維持し、モンゴル人民共和国のモンゴル語とは、文字により分断されてきた。なお、中華人民共和国内モンゴル自治区では、文字こそ伝統的なものではあるものの、かつての文語ではなく、言文一致を指向してきたことは注意を要する。しかし、次第に中国語優位の状況が現在では生まれている[6]

モンゴル人民共和国は、ソビエト連邦の崩壊に伴い新生モンゴル国となったが、その際に、民族意識の高揚と共に、伝統的なモンゴル文字を復活させようという動きが一時高まった。1991年には国家小議会第36号決定において、1994年からのモンゴル文字公用化が決定され、その準備が指示された。

しかし、内モンゴル自治区の新たな文字表記との接触がほとんどなかった一般国民の間では、「モンゴル文字」イコール「話しことばとは無関係の文語」というイメージが定着してしまっており、言語そのものと文字の関係に関する正しい理解が得られなかったことなどから、一時期は正式に計画されていたモンゴル文字への全面的な切り替えは中止された。

現在、モンゴルの一般教育では、週1時間のモンゴル文字の時間が設置されているが、社会的にはすっかり無関心になっていることもあり、生徒達も自分の名前をモンゴル文字で書ける程度である。なお、モンゴル政府は、パソコン上での使用のためのラテン文字への置換え基準を正式に制定したが、国民の規範意識は低く、電子メールなどでは個人によってバラバラの表記が通用している。

歴史的には、16世紀以降のチベット仏教の普及に伴い、チベット文字を俗語であるモンゴル語の表記に用いることも、僧侶たちの間では広く行われ、現在でもその伝統は一部継続している。また、チベット文字を基にしたパスパ文字は元朝の公用文字のひとつであり、モンゴル語の表記にも広く使われた。また、チベット文字などインド系文字を参照しながら作り上げられたソヨンボ文字という文字も存在している。『元朝秘史』は明代に中国で翻訳された版本が残っているが、ここでは原文であるモンゴル語を、漢字で音訳し表記している。

モンゴル文字表記

キリル文字表記

大文字 А Б В Г Д Е Ё Ж З И Й К Л М Н О Ө П
小文字 а б в г д е ё ж з и й к л м н о ө п
転写 a b v g d je jo ž z i i k l m n o ö p
音価 /a/ /b/ /β, w/ /g/ /d/ /je, jɵ/ /jɔ/ /ʥ/ /ʣ/ /i/ /j/ /k/ /ɬ/ /m/ /n/ /ɔ/ /ɵ/ /p/
大文字 Р С Т У Ү Ф Х Ц Ч Ш Щ Ъ Ы Ь Э Ю Я
小文字 р с т у ү ф х ц ч ш щ ъ ы ь э ю я
転写 r s t u ü f x c č š šč y ' e ju ja
音価 /r/ /s/ /t/ /o/ /u/ /f/ /x/ /ʦ/ /ʨ/ /ɕ/ /ɕʨ/ /iː/ /e/ /jo, ju/ /ja/

モンゴル語に用いるキリル文字はロシア語に用いるキリル文字に өү の2つの母音字を追加したものである。母音字12、子音字20、記号2、半母音字1の35文字からなる。このうち、к, п, ф, щは外来語にのみ用いられ、固有のモンゴル語に用いられることはない。また、о, у の発音はロシア語ではそれぞれ[o, u]だが、モンゴル語ではそれぞれ口を大きく開けて[ɔ, o]と異なって発音されることに注意。

男性母音 女性母音 中性母音
短母音 表記 а о у ү ө э и
音価 [a] [ɔ] [o] [u] [ɵ] [e] [i]
長母音 表記 аа оо уу үү өө ээ, эй ий
音価 [aː] [ɔː] [oː] [uː] [ɵː] [eː] [iː]
二重母音 表記 я ё ю е
音価 [ja] [jɔ] [jo] [ju] [jɵ] [je]
表記 яа ёо юу юү еө еэ
音価 [jaː] [jɔː] [joː] [juː] [jɵː] [jeː]
表記 ай ой уй үй
音価 [ai] [ɔi] [oi] [ui]

モンゴル語の正書法では、第一音節の7つの母音は上記7文字の1つ1つを対応させる一方、第二音節以降に唯一現れうる1つの短母音については、実際の発音とは一切関係なく、機械的にいずれかの文字を選ぶことになっている。

長母音を表記するための専用の文字はなく、対応する短母音(第一音節に現れるもの)を表記する母音字を2つ重ねることでこれを表記する。従って、ハーン (/xaːŋ/) は、хаан となる。ただし、и の長母音のみは例外で、記号である「ハガス・イー」й を使い ий と書く(筆記体で書いた時に他の子音字と紛らわしいことが理由)場合と ы の字を使う場合との2通り存在する(発音はどちらも同じであることに注意)。なお、й は、и 以外の母音字と共に2文字で1つの重母音を表記する綴りともなる。

ロシア語における軟音記号 ь や硬音記号 ъ は、モンゴル語においても同様な用途でもって使用される(ただしこれらはロシア語ほどには出現頻度は高くない)。軟音記号 ь は単独では使用されず、一部の子音の直後に付き、その子音に半母音 /j/ の音が弱く混じったような音に変化することを表す。例:морь /mɔrʲ/ 馬、「モルィ」のように発音される。ただし、ь 自体単独で音価を持つことはなく(ゆえに単独では使われず)、子音に付くことで元の子音とは別なもう1つの子音であることを意味する(さきの例で言えば р /r/ に対し рь /rʲ/ という別な1つの子音であることを表している)。これを子音の軟音化といい、この軟音ともとの子音との対立が語彙の違いに影響する(例:тав「5」, тавь「50」)。また、硬音記号 ъ は、子音と母音の間に挟んで、それぞれが分けて発音されることを表す。例:суръя /sor'j/ 学ぼう、「ソルィ」のように発音され、「ソリ」のようにはならない(なお、語末のя, е, ё は半母音 /j/ のみを発音する)。

モンゴル語の正書法では м, н, г, л, б, в, р の7子音は聞こえ度が高いため前後の一方に母音を伴う。ただし н,г は識別母音を伴うことがあるため前後に母音がつくことがある。一方、д, т, з, ж, ц, ч, с, ш, х の9子音は母音を伴わなくてもよい。なお п, к, ф, щ は外国語表記のみで使われ、7子音にも9子音にも相当しない。

固有語において бв は相補分布をなす。語頭では б を書き、語中では л, м, в, н の後では б を書き、それ以外では в を書く。語尾では в を書く。


注釈

  1. ^ /b/と相補分布をなすため、同一音素とみなす考えもあるが、借用語を考えるとАраб аравのようなミニマル・ペアが存在する。
  2. ^ 同化によりiに近づいたeを含む

出典

  1. ^ a b モンゴル語”. 東京外国語大学言語モジュール. 東京外国語大学. 2008年9月23日閲覧。
  2. ^ Törijn alban josny helnij tuhaj huul'”. MongolianLaws.com (2003年5月15日). 2009年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年3月27日閲覧。 The decisions of the council have to be ratified by the government.
  3. ^ "Mongγul kele bičig-ün aǰil-un ǰöblel". Sečenbaγatur et al. (2005), p. 204 も参照せよ
  4. ^ Мөөмөө 1979, p. 97.
  5. ^ 植田 2020.
  6. ^ 二木博史. “中国のモンゴル語教育の危機”. 日本モンゴル学会コラム. 2021年12月28日閲覧。
  7. ^ 荒井幸康 (2013年9月19日). “モンゴル人を悩まし続けている「文字」の変遷 政治勢力に翻弄され、縦書きと横書きを行ったり来たり”. 日本ビジネスプレス. http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38720 2013年9月28日閲覧。 






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