ニーアシュタイン
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/11 01:55 UTC 版)
ニーアシュタイン(ドイツ語: Nierstein)は、ドイツ連邦共和国ラインラント=プファルツ州のマインツ=ビンゲン郡に属する市。ライン川左岸に位置し、世界的なワインの産地として知られる[1][2]。
歴史
ニーアシュタインの歴史は古く、紀元前にはケルト人が居住していた。その後、ローマ帝国の入植地であるバウコニカ・ノヴァ(Bauconica Nova)が築かれた[3][4]。
中世とワイン醸造の起源
742年の古文書に初めてその名が登場する。この際、カール・マルテルの子であるカールマンが、教会とともに「グレック(Glöck)」というブドウ園を寄贈した。このグレックは、ドイツで現存する最古のブドウ園として記録されている[5]。中世を通じてニーアシュタインはワイン貿易の中継地として繁栄し、自由帝国都市に近い特権を享受した。
第二次世界大戦:パットン将軍の渡河
近代史上、ニーアシュタインが最も戦略的に注目されたのは第二次世界大戦末期の1945年3月22日夜である。ジョージ・パットン少将率いるアメリカ第3軍(第5歩兵師団主力)は、この地においてライン川の強行渡河を敢行した[6]。
イギリス軍のバーナード・モンゴメリー元帥による大規模な渡河作戦(プランダー作戦)の直前に行われたこの「サイレント・クロッシング(無音の渡河)」は、事前の準備砲撃を一切行わない奇襲であり、ほとんど犠牲を出さずにライン川東岸への橋頭堡を築くことに成功した。パットンがニーアシュタインの舟橋を渡る際、ライン川に向かって放尿したというエピソードは、ドイツの防壁を克服した象徴的な出来事として有名である[7]。
現代
戦後もワインの名産地として発展を続け、2013年6月7日にはラインラント=プファルツ州政府より正式に「市(Stadt)」の称号を授与された[8]。
文化・観光
- 赤い崖(Roter Hang): ニーアシュタインとナッケンハイムの間に広がる、赤色の粘土砂岩からなる急斜面のブドウ園。ここで生産されるリースリングは世界最高峰の評価を受けている[9]。
- バルト塔(Wartturm): 14世紀に建てられた見張り塔。ライン川のパノラマを一望できる観光名所となっている。
脚注
- ^ “Mein Dorf, meine Stadt (Rheinland-Pfalz)” (ドイツ語). Statistisches Landesamt Rheinland-Pfalz. 2026年3月9日閲覧。
- ^ “Wine Regions: Rheinhessen” (英語). Deutsches Weininstitut (DWI). 2026年3月9日閲覧。
- ^ “Geschichte der Stadt Nierstein” (ドイツ語). Stadt Nierstein. 2026年3月9日閲覧。
- ^ Gilles, Karl-Josef (1985) (ドイツ語). Baukunst der römischen Kaiserzeit. Rheinische Landesmuseum Trier
- ^ "History of Nierstein", Stadt Nierstein Official Website.
- ^ Patton, George S. (1947). War as I Knew It. Houghton Mifflin Co.
- ^ Atkinson, Rick (2013). The Guns at Last Light. Henry Holt and Co.
- ^ “Nierstein darf sich künftig „Stadt“ nennen” (ドイツ語). Landesregierung Rheinland-Pfalz (2013年5月31日). 2026年3月9日閲覧。
- ^ "The Red Slope (Roter Hang)", Weinbauverband Rheinhessen.
参考文献
- Atkinson, Rick (2013). The Guns at Last Light. Henry Holt and Co.
- ニーアシュタインのページへのリンク