Wang Yun (Han dynasty)とは? わかりやすく解説

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王允

(Wang Yun (Han dynasty) から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/12 14:07 UTC 版)

王 允(おう いん、137年 - 192年)は、中国後漢末期の政治家。子師并州太原郡祁県(現在の山西省晋中市祁県)の人。呂布と共謀して董卓を殺害したが、その部下に逆襲されて殺害された。兄は王宏[1]。弟は王懋。子は王蓋・王景・王定(王宗[2])。孫は王黒。甥は王晨・王淩。祖先は王賁


  1. ^ 字は長文。弟の王允・宋翼とともに殺害されている(『後漢書郭泰伝注が引く謝承の『後漢書』、『後漢書』王允伝による。ただし王先謙『後漢書集解』注釈では汪文台曰「郭泰伝注謝承書云、太原王長文弟子師位至司徒」則宏乃允之兄也。とある)。
  2. ^ a b 『後漢書』王允伝
  3. ^ ただし『後漢書』によれば、6月の長安包囲以前に既に2回特赦を行なっており、事実として徐栄李儒・胡軫など董卓の旧臣は皆許されている。


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