Shaniwar Wadaとは? わかりやすく解説

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シャニワール‐ワーダ【Shaniwar Wada】

読み方:しゃにわーるわーだ

インド西部マハラシュトラ州都市プーネにある宮殿跡。18世紀マラータ王国宰相宮殿として建造され19世紀焼失重厚な城門城壁残っている。


シャニワール・ワーダー

(Shaniwar Wada から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/07/06 07:44 UTC 版)

シャニワール・ワーダー

シャニワール・ワーダーマラーティー語:शनिवार वाडा, Śanivāravāḍā、英語:Shaniwar Wada)は、インドマハーラーシュトラ州、プネー県の都市プネーにある宮殿。シャニワールワーダー(Shaniwarwada)とも呼ばれる。かつてはマラーター王国の宰相(ペーシュワー)の住む宮殿でもあった。

歴史

城壁
宮殿の池

1730年1月10日マラーター王国の宰相であったバージー・ラーオプネーに自身の宮殿の造営を開始した。この日は土曜日、つまり「シャニワール」であったので、「シャニワール・ワーダー」(土曜宮殿)と呼ばれるようになった。

1732年1月22日の土曜日、シャニワール・ワーダーは完成し、ヒンドゥー教に則った竣工の儀式が開かれた。また、この7階建ての壮麗な巨大な宮殿の総工費は莫大なものであったが、当時の宰相の権威は王を凌ぐほど絶大だったので容易いことであった。

1758年までに、この宮殿には宰相以下1000人が居住していた。

1818年6月第三次マラーター戦争の結果、宰相バージー・ラーオ2世ビトゥールに追放され、イギリスがこの宮殿を管理することになった。

1828年2月27日、宮殿の内部が火事になり、7日の間燃え盛った。宮殿は燃え尽き、現在は城門と城壁を残すのみになっている。

デリー門
  • デリー・ダルワーザー(デリー門)
  • マスターニー・ダルワーザー(マスターニー門)
  • キドキー・ダルワーザー(風の門)
  • ガネーシュ・ダルワーザー(ガネーシュ門)
  • ナーラーヤン・ダルワーザー(ナーラーヤン門)

関連項目

外部リンク

座標: 北緯18度31分09秒 東経73度51分20秒 / 北緯18.5191度 東経73.8555度 / 18.5191; 73.8555



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