マッチョ・マン
(Macho Man から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/16 01:11 UTC 版)
| 「マッチョ・マン」 | ||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ヴィレッジ・ピープル の シングル | ||||||||||
| 初出アルバム『マッチョ・マン』 | ||||||||||
| B面 | キー・ウェスト | |||||||||
| リリース | ||||||||||
| 録音 | 1977年11月29日 | |||||||||
| ジャンル | ディスコ | |||||||||
| レーベル | カサブランカ・レコード | |||||||||
| 作詞・作曲 | ジャック・モラリ アンリ・ベロロ ピーター・ホワイトヘッド ヴィクター・ウィリス |
|||||||||
| プロデュース | ジャック・モラリ | |||||||||
| ヴィレッジ・ピープル シングル 年表 | ||||||||||
|
||||||||||
|
||||||||||
「マッチョ・マン」(英語: Macho Man)は、アメリカ合衆国のディスコグループであるヴィレッジ・ピープルの2作目のシングル。
1978年6月24日にカサブランカ・レコードからリリース。
解説
同年2月27日発売の同名アルバムのタイトル曲としてリリースされた曲。
この曲は当時、自身最大のヒット曲となり、シングル発売と同日にビルボード・ホット100にランクインした[1](同名のアルバムは3月に既にチャートインしている[2])。
背景
マーティン・アストンは、自身の著書の中で、ジャック・モラリはすでにヴィクター・ウィリスとリードシンガーを組んでおり、彼が「セクシーというよりコミカルで、未リハーサル」と表現した「サンフランシスコ」のプロモーションビデオの後、「マッチョタイプ募集」という広告を掲載したと書いている。業界誌で「踊って口ひげを生やさなければならない」と言われた[3]。
ヴィレッジ・ピープルのカウボーイ担当のランディ・ジョーンズは「感謝祭の翌月曜日(1977年)、契約を結び、その翌火曜日にはスタジオで『マッチョ・マン』を録音していた。その歌詞は、朝に卵のシミやコーヒーの輪がついたウィリスの手書きの歌詞を書いたものだ。すべてがあんなに早く進んでいたんだ。」と回想している[4]。
批評
ビルボード誌はこの曲を「多声ハーモニーと力強いリードボーカルが際立つ、活気に満ちたテンポの速いパーカッシブなトラック」と評した[5]。キャッシュボックスは「このファンキーなナンバーはダンスフロアでヒットするはずだ」と述べた[6]。レコード・ワールド誌は「エネルギッシュなダンスR&Bチューン」で、「ボーカルは素晴らしく、ユーモアも感じられる」と評した[7]。
カバー
|
この節の加筆が望まれています。
|
- 2002年に直訳ロックで有名になった王様が『村人伝説』と題したミニアルバムをリリースし、曲名を「ムキムキさん」と訳して歌った。なお、同CDにはヴィレッジ・ピープルの他のヒット曲「Y.M.C.A.」が「キリスト教青年会」、「ゴー・ウェスト」が「上京」と訳され収録されている。
脚注
- ^ tolsen (2013年1月2日). “Billboard Hot 100™” (英語). Billboard. 2026年2月12日閲覧。
- ^ Cabison, Rosalie (2013年1月2日). “Billboard 200™” (英語). Billboard. 2026年2月12日閲覧。
- ^ Aston, Martin (2016-10-13) (英語). Breaking Down the Walls of Heartache: A History of How Music Came Out. Little, Brown Book Group. ISBN 978-1-4721-2245-2
- ^ 『E! True Hollywood Story, Village People』2000年。
- ^ “Top Single Picks”. Billboard: p. 80. (1978年4月29日) 2020年7月10日閲覧。
- ^ “CashBox Singles Reviews”. Cash Box: p. 28. (1978年4月29日) 2022年1月1日閲覧。
- ^ “Record World Single Picks”. Record World: 34. (April 29, 1978) 2023年2月15日閲覧。.
- Macho Manのページへのリンク