Larry Parksとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > Larry Parksの意味・解説 

ラリー・パークス

(Larry Parks から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/26 01:56 UTC 版)

ラリー・パークス
Larry Parks
パークスとテレサ・ライト(1954年)
本名 Samuel Klausman Lawrence Parks
生年月日 (1914-12-13) 1914年12月13日
没年月日 (1975-04-13) 1975年4月13日(60歳没)
出生地 アメリカ合衆国 カンザス州オレイサ
死没地 アメリカ合衆国 カリフォルニア州スタジオシティ英語版
職業 俳優、歌手
活動期間 1941-1962
配偶者 ベティ・ギャレット (1944-1975)
著名な家族 アンドリュー・パークス英語版
テンプレートを表示

サミュエル・クラウスマン・ローレンス・パークスSamuel Klausman Lawrence Parks, 1914年12月13日 - 1975年4月13日)は、アメリカ合衆国の俳優である[1]アル・ジョルソンを演じたことでアカデミー主演男優賞にノミネートされた『ジョルスン物語』(1946年)およびその続編の『ジョルスン再び歌う英語版』(1949年)で知られる。下院非米活動委員会に召喚され、共産党員であることを認めたことによりハリウッドの映画会社のブラックリストに載ってしまったためにキャリアが終わった[2]

生い立ち

カンザス州オレイサユダヤ系の家庭に生まれる[3][4]イリノイ州ジョリエットで育ち、1932年にジョリエット・タウンシップ・ハイスクールを卒業する。

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にプリメド学生として通い[5]、また数年間ストックカンパニーで活動した[6]。その後はジョン・ガーフィールドの勧めでハリウッドに移り、ワーナー・ブラザースの映画『Mama Ravioli』の企画を紹介された。その映画は休止になったが、1941年にパークスはコロンビア ピクチャーズと契約を交わした[7]

キャリア

コロンビア映画と契約したパークスは初期は大作映画では端役、B級映画では大きな役を貰っていた[8]

アル・ジョルソンの伝記映画を準備していたコロンビアは当初はスター俳優の起用を考えており、ジェームズ・キャグニーダニー・トーマスなどにオファーしたが断られ、最終的に契約中のパークスに話が持ちかけられた。パークスは面接でプロデューサーを感動させてその役割を獲得した。『ジョルスン物語』の出演時に当時31歳だった彼はアカデミー主演男優賞にノミネートされた[9][10]

スターとなったパークスをコロンビア映画はつなぎ止め、彼は同社の『地上に降りた女神英語版』(1947年)でリタ・ヘイワースと共演した。彼は同年の米国の人気のスターで15位に選ばれた[11]

1949年には『ジョルスン物語』の続編の『ジョルスン再び歌う英語版』が公開され、興行的に成功した[12]

1951年、パークスは下院非米活動委員会(HUAC)によって召喚される。彼は証言を強要しないようにと泣き叫びながら懇願し[13]、ブラックリスト入りの道を選んだ。しかしながら最終的に根負けし、昔の共産党仲間の名前をHUACに証言した[14]。この件を受けコロンビア映画はパークスとの4年契約を破棄し、出演予定だった映画『Small Wonder』も取り消した[15][16][17]

これ以降パークスは舞台出演やテレビ番組の制作に移った[18]。最後の出演映画はジョン・ヒューストンの『フロイド/隠された欲望英語版』(1962年)だった[19]

パークスは最終的に映画界を離れ、妻のベティ・ギャレットと共にアパートを経営して収入を得た。

私生活

1944年にベティ・ギャレットと結婚し、後に俳優となるアンドリュー・パークス英語版を含む2児をもうけた。パークスは俳優のジェフ・ブリッジスの代父でもあった[20][21][22]

60歳の時に心筋梗塞で亡くなった。

主なフィルモグラフィ

参考文献

  1. ^ Died: April 13, 1975 (1975年4月13日). “Larry Parks | BFI | BFI”. Explore.bfi.org.uk. 2014年4月13日閲覧。
  2. ^ Blackface to Blacklist: Al Jolson, Larry Parks, and "the Jolson Story" (9780810819658): Doug McClelland: Books”. Amazon.com. 2014年4月13日閲覧。
  3. ^ https://familysearch.org/ark:/61903/1:1:K86T-QN8
  4. ^ Cones, John. Motion Picture Biographies: The Hollywood Spin on Historical Figures. pp. 33. ISBN 9781628941166. https://books.google.com/books?id=I0byBwAAQBAJ&q=parks#v=snippet&q=parks 
  5. ^ Illinois Alumni Magazine | UIAA | Illinois Alumni”. UIAA (1951年3月21日). 2014年4月13日閲覧。
  6. ^ “Right At His Peak”. The Voice (Tasmania, Australia) 21 (20): p. 4. (1948年5月15日). http://nla.gov.au/nla.news-article220427140 2017年10月10日閲覧。 
  7. ^ “Larry Parks' Rise to Fame”. The Advocate (Tasmania, Australia): p. 18. (1950年3月17日). http://nla.gov.au/nla.news-article69207268 2017年10月10日閲覧。 
  8. ^ A Star is Born: Larry Parks as Al Jolson | A Tribute to Al Jolson”. Jolsonville.com (2011年2月13日). 2014年4月13日閲覧。
  9. ^ Ebert, Roger (1968年8月25日). “Interview with Larry Parks | Interviews”. Roger Ebert. 2014年4月13日閲覧。
  10. ^ The Jolson Story”. Tcm.com. 2014年4月13日閲覧。
  11. ^ "Bing's Lucky Number: Pa Crosby Dons 4th B.O. Crown" By Richard L. Coe. The Washington Post January 3, 1948: 12.
  12. ^ T. M. P. (1949年8月18日). “Movie Review – Jolson Sings Again – THE SCREEN IN REVIEW; ' Jolson Sings Again,' in Opening at Loew's State, Calls for Some Lusty Cheering”. NYTimes.com. 2014年4月13日閲覧。
  13. ^ “Larry Parks Commended For Truth”. Newcastle Morning Herald and Miners' Advocat (New South Wales) (23,236): p. 3. (1951年3月24日). http://nla.gov.au/nla.news-article139514311 2017年10月10日閲覧。 
  14. ^ Silverman, Stephen M. Dancing on the Ceiling: Stanley Donen and his Movies. Alfred A. Knopf. 1996. p. 140.
  15. ^ “LARRY PARKS ON THE "OUTER"”. The Northern Miner英語版 (Queensland): p. 3. (1951年3月26日). http://nla.gov.au/nla.news-article81595939 2017年10月10日閲覧。 
  16. ^ “Studio Drops Larry Parks Following Red Confession”. The Newcastle Sun (New South Wales) (10,365): p. 2. (1951年3月24日). http://nla.gov.au/nla.news-article158794826 2017年10月10日閲覧。 
  17. ^ “LARRY PARKS QUITS STUDIO”. The News (Adelaide) 56 (8,657): p. 2. (1951年5月8日). http://nla.gov.au/nla.news-article129917503 2017年10月10日閲覧。 
  18. ^ Vaudeville old & new: an encyclopedia of variety performances in America – Frank Cullen, Florence Hackman, Donald McNeilly. https://books.google.com/books?id=XFnfnKg6BcAC&pg=PA433&lpg=PA433#v=onepage&q=larry%20parks%20career%20after%20jolson 2014年4月13日閲覧。 
  19. ^ Freud | BFI | BFI”. Explore.bfi.org.uk. 2014年4月13日閲覧。
  20. ^ Biography for Larry Parks”. Tcm.com. 2014年4月13日閲覧。
  21. ^ Betty Garrett”. The Telegraph. 2014年4月13日閲覧。
  22. ^ Rampell, Ed (2011年4月18日). “Bridges brothers honor Hollywood "Red" Betty Garrett”. peoplesworld. 2014年4月13日閲覧。

外部リンク


「Larry Parks」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「Larry Parks」の関連用語

Larry Parksのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



Larry Parksのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのラリー・パークス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2025 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2025 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2025 GRAS Group, Inc.RSS