バラマンド我等の女宰修道院とは? わかりやすく解説

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バラマンド我等の女宰修道院

(Balamand Monastery から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/06 04:29 UTC 版)

バラマンド修道院の一角(2010年春撮影)

バラマンド我等の女宰修道院[1](バラマンドわれらのじょさいしゅうどういん英語: Monastery of Our Lady of Balamand[2])は、レバノン北部のトリポリ近郊にある正教会修道院アンティオキア総主教庁が管轄する。

地理・歴史

トリポリから8kmほど南に離れた[2]地中海を望む場所にある[3]

第2回十字軍の失敗後の1157年に、カトリック教会シトー会修道士らによって[4]東ローマ帝国の廃墟が残っていた場所に修道院が建設された。しかしカラーウーンによるトリポリ占領前に、シトー会は修道院を遺棄した[3]

十字軍が中東を去って300年後から、正教会の修道士がこの修道院を所有するようになった[3]。以降、正教会の修道院として現在に至っている。

主な建築物としては、12世紀から13世紀にかけてシトー会によって建設された聖堂、大ホールなどのほか、16世紀から20世紀にかけて正教会によって追加して建設された通路、学校などがある[3]

2001年から2005年までの間、のちにアンティオキア総主教となるイオアン10世が修道院長を務めていた。

脚注

  1. ^ "Our Lady"は生神女マリヤを指し、正教会では「我等の女宰(じょさい)」などと訳される。
  2. ^ a b Monastery of Our Lady of Balamand
  3. ^ a b c d Brief History - Architecture Archived 2006年2月25日, at the Wayback Machine.
  4. ^ レオン・プレスイール 著、遠藤ゆかり 訳、杉崎泰一郎 編『シトー会』 155巻、創元社「知の再発見」双書〉、2012年、77-82頁。ISBN 978-4-422-21215-9 モリモン修道院の支院として建設された。

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