高速スピンエコー法とは? わかりやすく解説

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高速スピンエコー法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/19 09:09 UTC 版)

高速スピンエコー法(こうそくスピンエコーほう、英: Fast Spin Echo, FSE、ターボスピンエコー: TSE、RARE)は、磁気共鳴画像法(MRI)に用いられる撮像シーケンスの一つである。従来のスピンエコー法に比べて1回の励起で複数のエコーを取得する仕組みを持ち、撮像時間を大幅に短縮できる点が特徴である。これにより臨床現場での検査効率が向上し、整形外科領域や神経系領域を含む多くの分野で利用されている。さらに、T2フィルタリングや脂肪信号の変化など独自の画像特性を有する。近年は三次元撮像や深層学習再構成の導入により診断性能が一層高まっている。安全性や画質改善に向けた技術開発も進められており、今後も幅広い臨床応用が期待される。

歴史と概要

高速スピンエコー法(fast spin echo: FSE、またはターボスピンエコー: TSE、RAREとも呼ばれる)は、従来のスピンエコー法の時間効率を大幅に改善する目的で1980年代に開発された。従来法では1回のTRにつき1エコーしか収集できず、撮像に長時間を要したが、高速スピンエコー法では1回の励起に続けて複数のスピンエコーを連続的に収集することで、短時間でk空間を埋める仕組みを導入した[1]

この手法の導入により、臨床MRIにおいて撮像時間が大幅に短縮され、検査効率が向上した。とくにT2強調画像では、従来法と同等あるいはそれ以上の診断能をより短時間で得ることが可能となり、整形外科領域での有用性が示されている[2]。また、その後は三次元収集やsingle-shot撮像などの派生法が開発され、応用範囲はさらに拡大している。

一方で、高速化に伴い信号挙動には従来法と異なる特徴が現れる。代表的には、エコートレインの長さに起因するブラーやT2フィルタリング効果、脂肪信号の相対的上昇などが知られている[1]。さらに、RFパルスを多数使用するため比吸収率(SAR)の上昇が課題となり、患者安全管理の観点からも留意が必要とされている[3]。これらへの対応として、リフォーカシングパルス角度の調整や脂肪抑制技術との併用などの工夫も試みられている。

近年では、深層学習を利用した再構成技術の発展により、高速スピンエコー法の画質と診断性能はさらに改善されつつある。例えば腹部領域では、single-shot撮像とディープラーニングによるノイズ低減を組み合わせた手法が有用性を示している[4]。このように、高速スピンエコー法は歴史的にスピンエコー法の弱点を克服しつつ発展してきた技術であり、幅広い臨床応用の展開が期待されている。

物理原理とシーケンス設計

高速スピンエコー法(Fast Spin Echo, FSE)は、従来のスピンエコー法を拡張し、1回の励起パルス後に複数の再収束パルスを連続して印加することで、複数のエコーを取得し効率的にk空間を埋める仕組みを持つ。これにより撮像時間が大幅に短縮され、臨床での普及につながった[5]。エコートレインの長さ(echo train length, ETL)は信号の減衰とコントラストに直結し、どのエコーをk空間の中心に割り当てるかによって実効エコー時間(effective TE)が定義される[6]

パルスシーケンス設計の基本は、励起90°パルスの後に繰り返される180°(あるいは変化させた角度)のリフォーカシングパルス列である。エコートレイン内では位相エンコーディングを各エコーに割り当て、k空間充填を進める。信号はT2緩和によって減衰するため、実効TEの設定は画像コントラストを大きく左右する。特に3D FSEのように多数のエコーを扱う場合、エコーごとの信号変化を均一化するために可変フリップ角(Variable Flip Angle, VFA)スキームが導入され、信号の持続性と空間分解能の両立が図られている[7]

また、Bloch方程式を用いた数値シミュレーション研究では、多数のリフォーカシングパルスを伴うFSEをモデル化するために、画素ごとに細分化したサブボクセルを設定し高次エコーの挙動を再現する手法が報告されている。GPU計算環境を利用することで、理論値と高い相関を持つ画像が得られることが示されている[8]

さらに、標準的なCPMG条件を満たさないNon-CPMG型のFSEも提案されており、再収束パルスに二次的位相変調を加えることで、磁化の初期位相に依存せず安定した信号取得を可能にする手法が開発されている。この方式は拡散強調撮像など特殊な応用に利用され、信号損失を抑えつつ従来法の制約を克服する可能性が示されている[9]

画像コントラストと撮像パラメータ

高速スピンエコー法(FSE)は、従来のスピンエコー法に比べて大幅に撮像時間を短縮できる一方、画像コントラストの特性に独自の特徴を有する。特にT2強調画像ではエコートレイン長(ETL)の延長により信号が減衰し、T2フィルタリング効果が生じるため、長いT2成分の強調が強くなる傾向がある。また、プロトン密度強調画像ではTR・TEの設定に加え、ETLの調整が画質や組織間コントラストに大きく影響する。脂肪信号は機種や撮像条件によって高信号化や低下を示すことがあり、この点は診断能やアーチファクトと密接に関わる[10]

脂肪信号の変化はエコースペース(echo spacing)の長短にも依存する。エコースペースを短縮すると、J結合の影響により脂肪信号が低下し、結果としてコントラストが改善することが知られている[11]。このため、脂肪抑制技術と組み合わせることで、整形外科領域や軟部組織の診断精度を高める工夫が行われている[12]

一方、single-shot型のFSE(HASTEやSSFSE)では、実効TEの長さと位相エンコード方法によりコントラストが大きく変化する。特に腹部や小児領域では、長いT2強調効果が支配的となり、従来法に比べて高いコントラスト分解能が得られる一方で、ブラーや信号低下が生じやすい[13]。さらに、FSEは複数エコーを高速に取得するため、比吸収率(SAR)の上昇に伴う安全性への配慮も必要である[14]

このように、FSEの画像コントラストはTR・TE・ETL・echo spacingといったパラメータの複合的な設定に依存し、組織特性や臨床目的に応じた最適化が求められる。

バリエーションとアーチファクト

高速スピンエコー法には、従来のマルチエコー収集をさらに発展させた多様なバリエーションが存在する。代表的なものに、1回の励起で全データを取得するシングルショット型のHASTE(Half-Fourier Acquisition Single-shot Turbo Spin-Echo)があり、極めて短時間での撮像が可能となる一方、エコートレインが長大化することによる信号減衰や空間的なボケが問題となる[15][16]。また、三次元的に撮像する3D-TSE系では高い空間分解能が得られるが、特に比吸収率(SAR)の上昇や撮像時間延長といった課題も指摘されている。

さらに、周期的に回転させたブレード状のk空間サンプリングを用いるPROPELLER(Periodically Rotated Overlapping ParallEL Lines with Enhanced Reconstruction)は、動き補正やノイズ耐性に優れた手法として知られている[17]。臨床応用としては、金属補綴物周囲でのアーチファクト低減効果が報告されており、特にコバルトクロム合金冠において顕著な改善が示されている[18]。一方で、ブレードの一部に強い雑音が混入すると再構成画像の品質低下につながることが指摘されており、雑音を含むブレードの除去や補正アルゴリズムの改良が課題とされる[19]

高速スピンエコー特有のアーチファクトとしては、エコートレイン中のT2減衰に由来するブラー、動きや流れに伴うゴースト、化学シフトに伴う歪み、さらにはSARの増加による制約などが挙げられる。これらへの対策として、適切なエコートレイン長や再構成法の工夫、パラレルイメージングや高帯域化といった技術が併用され、臨床利用の信頼性向上が図られている。

臨床応用と将来展望

高速スピンエコー法は、多領域にわたり臨床応用が進んでいる。整形外科領域では、膝関節の評価において従来の2D撮像と比較して3D撮像の有用性が報告されており、軟骨半月板の詳細な観察に寄与している[20]。脳神経領域においても、ステント留置後の血管描出における3D T1-Turbo Spin Echo法の有効性が示されており、金属アーチファクトを抑制しつつ血管内腔の評価が可能である[21]

近年は高磁場MRIの利用と圧縮センシングの導入により、手関節など細部解剖の高分解能撮像が実現されている。7テスラ環境下での研究では、従来困難であった微細構造の描出と撮像時間短縮が両立され、臨床応用の拡大が期待されている[22]。さらに腹部領域においては、深層学習による画像再構成技術(DLIR)を併用したThin-slice SSFSEが膵臓撮像に応用され、従来法に比べて高画質とノイズ低減が報告されている[23]

また、動脈硬化性プラークの評価においても高速スピンエコー法と人工知能を組み合わせた研究が進み、病変の自動分類やセグメンテーション精度の向上が報告されている。これにより脳梗塞リスクの早期把握が可能となり、予防医療への応用が期待されている[24]。今後はParallel ImagingやAI再構成といった技術革新により、さらなる高速化と画質改善が進むと考えられる。

脚注

  1. ^ a b “Spin-Echo Sequences (RARE/FSE/TSE overview)” (英語). Stanford University RAD229 Lecture Notes (Stanford University). https://web.stanford.edu/class/rad229/Notes/3c-SpinEcho.pdf. 
  2. ^ “Diagnostic performance of 3D SPACE for comprehensive knee joint assessment at 3 T” (英語). Insights into Imaging (SpringerOpen). https://insightsimaging.springeropen.com/articles/10.1007/s13244-012-0197-5. 
  3. ^ “ACR Manual on MR Safety (2024)” (英語). American College of Radiology (American College of Radiology). https://edge.sitecorecloud.io/americancoldf5f-acrorgf92a-productioncb02-3650/media/ACR/Files/Clinical/Radiology-Safety/Manual-on-MR-Safety.pdf. 
  4. ^ “Utility of Thin-slice Fat-suppressed Single-shot T2-weighted MR Imaging with DLIR for Pancreas” (英語). Magnetic Resonance in Medical Sciences (Japanese Society for Magnetic Resonance in Medicine). https://doi.org/10.2463/mrms.mp.2024-0017. 
  5. ^ “MR Physics & Techniques for Clinicians: Spin Echo Imaging” (英語). Proc. Intl. Soc. Mag. Reson. Med. (ISMRM). https://cds.ismrm.org/protected/14MProceedings/PDFfiles/ISMRM2014-000732.pdf. 
  6. ^ “Basic Spin Echo / Echo-trains: RARE, FSE, TSE” (英語). Rad229 MRI Signals and Sequences Lecture Notes (Stanford University). https://web.stanford.edu/class/rad229/Notes/Lecture-08/Rad229_2020_Lecture08A-BasicSpinEcho.pdf. 
  7. ^ “PSF-optimized Variable Flip Angle Schemes for 3D Fast Spin Echo at 7T” (英語). arXiv preprint (arXiv). https://arxiv.org/pdf/2409.20251. 
  8. ^ 三次元高速スピンエコー法のMRI simulatorへの実装」『JJMRM』、日本磁気共鳴医学会。 
  9. ^ “Non-CPMG Fast Spin Echo in Practice” (英語). Proc. Intl. Soc. Mag. Reson. Med. (ISMRM). https://cds.ismrm.org/ismrm-2000/PDF6/1530.pdf. 
  10. ^ 高速スピンエコー画像における脂肪の高信号化:機種間の比較」『日本放射線技術学会雑誌』、日本放射線技術学会。 
  11. ^ Echo space の短縮がFSEの脂肪信号とコントラストに与える影響」『医用画像情報学会誌』、医用画像情報学会。 
  12. ^ “Fat-Suppression Techniques for 3-T MR Imaging of the Musculoskeletal System” (英語). Radiographics (Radiological Society of North America). https://mri-q.com/uploads/3/4/5/7/34572113/del_grande_radiographics_fat_sat_review.pdf. 
  13. ^ “Half-Fourier single-shot turbo spin-echo (HASTE): clinical and technical details” (英語). AJNR (American Society of Neuroradiology). https://www.ajnr.org/content/ajnr/18/9/1635.full.pdf. 
  14. ^ “ACR Manual on MR Safety” (英語). American College of Radiology (American College of Radiology). https://edge.sitecorecloud.io/americancoldf5f-acrorgf92a-productioncb02-3650/media/ACR/Files/Clinical/Radiology-Safety/Manual-on-MR-Safety.pdf. 
  15. ^ HASTE法における空間的ボケの検討(Half-Fourier SS-TSE)」『日本放射線技術学会雑誌』、日本放射線技術学会。 
  16. ^ “Half-Fourier Acquisition Single-Shot Turbo Spin-Echo (HASTE) MR: Comparison with Fast Spin-Echo MR in Diseases of the Brain” (英語). AJNR Am J Neuroradiol (American Society of Neuroradiology). https://www.ajnr.org/content/ajnr/18/9/1635.full.pdf. 
  17. ^ PROPELLER MRI(原理と実装)」『日本画像医療システム工学会誌』、日本画像医療システム工学会。 
  18. ^ “Performance of PROPELLER FSE T2WI in reducing metal artifacts of material porcelain fused to metal crown: a clinical preliminary study” (英語). Scientific Reports (Nature Portfolio). https://doi.org/10.1038/s41598-022-12402-2. 
  19. ^ “Evaluating the Impact of Noisy Blades on PROPELLER MRI Reconstruction” (英語). IEEE HPEC (IEEE). https://ieee-hpec.org/wp-content/uploads/2025/02/HPEC2024-85.pdf. 
  20. ^ “3D SPACE vs 2D TSE for knee at 3 T” (英語). Insights into Imaging (Springer). https://insightsimaging.springeropen.com/articles/10.1007/s13244-012-0197-5. 
  21. ^ “Usefulness of 3D T1-Turbo Spin Echo for Intracranial Stent Evaluation” (英語). Journal of Neuroendovascular Therapy (Japanese Society for Neuroendovascular Therapy). https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnet/17/1/17_oa.2022-0039/_pdf/-char/en. 
  22. ^ “High-Resolution 3D Turbo Spin-Echo Wrist MRI at 7 T Accelerated by Compressed Sensing” (英語). NMR in Biomedicine (Wiley). https://doi.org/10.1002/nbm.70041. 
  23. ^ “Thin-slice SSFSE with DLIR for Pancreas Protocol” (英語). Magnetic Resonance in Medical Sciences (Japanese Society for Magnetic Resonance in Medicine). https://doi.org/10.2463/mrms.mp.2024-0017. 
  24. ^ “Imaging and Hemodynamic Characteristics of Vulnerable Carotid Plaques and Artificial Intelligence Applications in Plaque Classification and Segmentation” (英語). Brain Sciences (MDPI). https://doi.org/10.3390/brainsci13010143. 



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