間堀川とは? わかりやすく解説

間堀川

読み方:マホリガワ(mahorigawa)

所在 山梨県

水系 相模川水系

等級 1級


間堀川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/10 08:19 UTC 版)

間堀川
金鳥居橋から上流方を望む(富士吉田市上吉田)
水系 一級水系 相模川
種別 一級河川
延長 3.6 km
平均流量 -- m³/s
流域面積 -- km²
水源 富士吉田市
水源の標高 -- m
河口・合流先 宮川(富士吉田市)
流域 山梨県富士吉田市
テンプレートを表示
国道138号から北望(2005年1月1日撮影)

間堀川(まぼりがわ)は、山梨県富士吉田市を流れる[1]宮川の支流である。富士山の北から流れ出て、山のすそ野と吉田の盆地を流れる。一級水系相模川水系に属する一級河川。一級河川としての長さは3.6キロメートルだが、河道は10キロメートル以上ある。

流路

富士山を浸食する谷を北に流れる。北口本宮冨士浅間神社の東から国道138号の下をくぐると、富士吉田の市街地に入る。今「富士みち」と言われる道の百メートルあまり東をつかず離れず流れ、下吉田で宮川に合流する。ふだんの水量は少なく、上流では雨のときと雪解けの季節にだけ水が流れる。

歴史

江戸時代には村間堀とも言われていた。江戸時代には、富士山岳信仰の布教・宿泊・案内をつとめる御師(おし)たちが、吉田登山口に至る街道にそって宿を営んでいた。登山者はそれぞれの地域に縁がある御師を頼って宿泊し、清水で身を清めてから山に登った。そのために、道の東に屋敷を持つ御師の家には間堀川から、西にある御師の家には神田堀川から水が引かれていた。後に自動車が普及し富士山に向けて道路が引かれると、御師を導きとする登山は廃れ、間堀川の特別な役割もなくなった。

間堀川は、雪解けと台風で洪水を引き起こし、土砂を運んで田畑を埋めることがあった。20世紀後半に改修され、三面コンクリートの護岸となった。

環境

有機物による汚濁の指標である生物化学的酸素要求量 (BOD)は、1987年(昭和62年)に10.35 mg/L に達したことがあるが[2]、2008年(平成20年)には2.2 mg/L であった[3]

橋梁

脚注

  1. ^ 富士・東部建設事務所 吉田支所 管内一級河川”. 山梨県HP. 山梨県. 2024年9月10日閲覧。
  2. ^ 『富士吉田の環境』46頁。
  3. ^ 『ふじよしだの環境』(平成20年度)64頁。

参考文献

  • 富士吉田市社会部環境保全課・編集発行『富士吉田の環境』(平成7年度版)。
  • 富士吉田市史編さん委員会『富士吉田市史』通史編第3巻(近・現代)、富士吉田市、1999年。



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「間堀川」の関連用語

間堀川のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



間堀川のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの間堀川 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS