金元昊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/11 07:04 UTC 版)
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基本情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
生年月日 | 1999年6月2日(26歳) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
性別 | 男性 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
国籍 | ![]() |
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出身地 | 京畿道、水原市 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
身長 | 184cm | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
選手情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
利き腕 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
種目 | 男子ダブルス 混合ダブルス |
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主な戦績 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
世界ランク(最高) | 男子ダブルス : 1位 混合ダブルス : 3位 |
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国際大会 |
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経歴 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
所属 | サムスン生命保険 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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BWFプロフィール |
金 元昊(キム・ウォンホ、英語: Kim Won-ho、朝鮮語: 김원호、1999年6月2日 - )は、大韓民国の男子バドミントン選手[1]。2024年パリオリンピックの混合ダブルス銀メダリスト。
アトランタオリンピック金メダリストの吉永雅の息子である。
経歴
ジュニア時代
2016年で、世界ジュニア選手権で銅メダル、アジアジュニア選手権で銀メダルを獲得している。 2017年のスディルマン杯で、韓国代表チームの最年少選手として出場し、韓国チームの優勝に貢献した。
2022年
男子ダブルスでは、2022年半ばまで姜敏赫とペアを組んでいたが、その後は4歳歳上の催率圭とペアを組む。混合ダブルスでは、鄭娜銀とペアを組む。
男子ダブルスで2022年のインドネシア・オープンでは、決勝に進出するも劉雨辰 / 欧烜屹に敗れ準優勝。
2023年
2023年のアジア混合団体選手権では、準々決勝のインドネシア戦で同世代の羅星昇と即席でペアを組み、世界ランク1位のファジャル・アルフィアン / ムハマド・リアン・アルディアントを破るなどし、韓国代表チームの準優勝に大きく貢献した。
3月のドイツ・オープンでは、男子ダブルスと混合ダブルスの2種目で決勝に進出する。混合ダブルスでは馮彥哲 / 黄東萍に敗れ準優勝となるが、男子ダブルスでは同胞の姜敏赫 / 徐承宰を破って優勝した。
5月のスディルマン杯では、グループリーグ最終日の日本戦で、混合ダブルスで世界ランク2位の渡辺勇大 / 東野有紗を破る。また準決勝のマレーシア戦では、羅星升と即席ペアを組んで世界ランク2位のアーロン・チア / ソー・ウーイックを21-12, 21-11で破って韓国チームの勝利に貢献した[2]。
2週間後のタイ・オープンでは、混合ダブルスで決勝で世界ランク2位のデチャポル・プアヴァラヌクロー / サプシリー・タエラッタナチャイを破り優勝した。混合ダブルスとしては初のワールドツアータイトル獲得となった。
6月のシンガポール・オープンでは、混合ダブルスの準々決勝で世界ランク1位の鄭思維 / 黄雅瓊を見事ストレートで破る。しかし、その次の準決勝でデンマークペアに敗れ敗退。
2024年
男子ダブルスでは、2024年初月から数ヶ月間だけ羅星昇とペアを組む。
1月のマレーシア・オープンの混合ダブルスでは、準々決勝で鄭思維 / 黄雅瓊をファイナルで破り、そのまま決勝に進出。決勝では渡辺勇大 / 東野有紗に敗れる。ワールドツアースーパー1000で初の準優勝となった。
パリオリンピック
2024年パリオリンピックに、鄭娜銀との混合ダブルスで出場資格を得る。予選グループリーグで2位通過に成功し、準々決勝ではチェン・タンジー / トー・イーウェイを破る。準決勝では、ファイナルゲームの試合中に、メディカルタイムを要求し嘔吐するなど、体調不良になりながらも試合を続行し、同胞の徐承宰 / 蔡侑玎に21-16, 20-22, 23-21の激戦で勝利し決勝に進出[3]。決勝では鄭思維 / 黄雅瓊に敗れ、銀メダルを獲得した。
五輪後からは混合ダブルスに区切りをつけ、男子ダブルスのみに専念。正式ペアの模索をはじめる。
2025年
年始はじめから2週間のマレーシア・オープンとインド・オープンでは、徐承宰とのペアでエントリー。
マレーシア・オープンでは、世界ランク2位の梁偉鏗 / 王昶やサトウィクサイラジ・ランキレッディ / チラグ・シェッティらを破って優勝。初のビッグタイトル(スーパー1000)獲得となった[4]。
翌週のインド・オープンでも、梁偉鏗 / 王昶やアーロン・チア / ソー・ウーイックら強豪を破り準優勝。即席ペアにして2週連続で上位大会決勝進出を果たした。
2月の後半からは再び徐承宰とペアを組む。 ドイツ・オープンで全試合ストレートで優勝。
2週間後の全英オープンでは、世界ランク2位のゴー・ジーフェイ / ヌル・イズディンや何濟霆 / 任翔宇ら強豪をやぶり優勝。スーパー1000の主要大会を2連続で優勝した[5]。
5月、6月のシンガポール・オープンで決勝進出。翌週のインドネシア・オープンでも2週連続で決勝進出し優勝。スーパー1000タイトルを3連続で獲得し、4分の3を独占した。
7月のジャパン・オープンでは決勝でゴー・ジーフェイ / ヌル・イズディンをストレートで破って優勝。
世界1位最速記録
7月22日付の世界ランキングでキャリアハイの1位を達成。徐承宰との7年ぶりのペア再結成から約6ヶ月で世界1位達成という最速記録の偉業を成し遂げた。
脚注
- ^ Kim Won Ho - BWF
- ^ "Malaysia's fine run in Sudirman Cup ends in semi-final defeat to South Korea" - TheStar(2023年5月20日)
- ^ "バド混合、韓国ペアが“嘔吐の闘魂”で決勝進出「コートで吐きそうになって…」金メダルまであと一歩【パリ五輪】" - TRILL(2024年8月3日)
- ^ "Malaysia Open 2025: Won Ho-Seung Jae Wins Title In First Event As Doubles Pair" - Bernama(2025年1月12日)
- ^ "Kim and Seo surge to men’s doubles title to round out YONEX All England 2025" - All England Badminton(2025年3月17日)
外部リンク
- 金元昊のページへのリンク