虎山永隆とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 虎山永隆の意味・解説 

虎山永隆

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/06/12 09:14 UTC 版)

 
永隆
時代 室町時代前期 - 中期
生誕 応永10年(1403年
死没 嘉吉2年2月18日1442年3月30日
別名 虎山永隆
氏族 足利氏足利将軍家
父母 父:足利義満、母:池尻殿
兄弟 義持義教法尊永隆義昭ほか

永隆(えいりゅう)または虎山永隆(こざんえいりゅう)は、室町時代の僧。足利将軍家の一族であり、第3代将軍・足利義満の子。第4代将軍・足利義持と第6代将軍・足利義教の弟に当たる。相国寺永隆(しょうこくじえいりゅう)、聯輝軒永隆(れんきけんえいりゅう)としても知られる。

生涯

相国寺に入って空谷明応の法を継いだ。応永35年(1428年)、義持が死去すると、他の兄弟ら義円(のちの足利義教)や梶井義承大覚寺義昭と共に義持後継者の1人として推挙された。嘉吉元年(1441年)に鹿苑院の院主となり、翌年死去した。享年40。

参考文献




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「虎山永隆」の関連用語

虎山永隆のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



虎山永隆のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの虎山永隆 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS